新学期の日は、思っていたよりもずっと早く訪れた。
 九月一日の朝、レノーラは屋敷しもべ妖精のキーキー声で目を覚ました。本当はもっと眠っていたかったが、扉の外から聞こえたフォルセティの「ホグワーツ特急に乗り遅れますよ!」で慌ててベッドから飛び出した。
 ホグワーツ特急は九月一日の朝、キングズ・クロス駅の九と四分の三番線から十一時に出発する。荷物はとっくに準備してある。制服、帽子、教科書にノート、羽根ペン、インク壺、洗面用具、ふくろうの鳥籠……特に授業に使うものはチェック表をつくり、入れ忘れがないか何度も確かめた。何しろ、ホグワーツは全寮制だ。重大な忘れ物をして、後から親にふくろう便で送り届けてもらうなんて、そのような格好の悪い真似は絶対にできない。
 ハーグリーヴスの大屋敷からキングズ・クロスまでは車で行くことになっている。駅はマグルでひしめき合っているので、正体がばれないよう上手く紛れ込まなければならないのだ。それを聞いたアステリアは、『漏れ鍋』のシェリー酒のにおいを嗅いだときとまったく同じ顔をした。
「まったく、娘の門出がマグルと同じ駅だなんて…」
 レノーラが朝食に取りにキッチンへ下りると、アステリアが寡黙な夫に向かって一方的に不平を零していた。
「あの子をマグルの群れの中に放り込むなんて我慢できないわ。ねえ、そうよ、あなた、ダンブルドア校長先生に頼んで、『煙突飛行ネットワーク』を使わせていただきましょうよ」
「無理なわがままを言うのはよしてくれ、アステリア。君はただ車に乗りたくないだけだろう」
 クレイオスは新聞を広げ、悠然と食後のコーヒーをすすっていたが、たまらなくなって声を荒げた。アステリアはひどく屈辱を受けたような顔をした。
「わがままですって!」
「私、大丈夫よママ」レノーラが慌てて取りなした。「だって、車に乗るのって楽しいもの」
「ええ、ええ!そうでしょうよ。あなたはね!」
 アステリアは興奮した猫のような目でキッとレノーラを睨みつけた。
「でも私は嫌!あんな窮屈な乗り物にまた押し込められるなんて——第一、あれは気分が悪くなるのよ!」
 アステリアを説得するのは至難の業だった。何を言っても聞きやしないし、「ダンブルドアに命令して『煙突飛行ネットワーク』を使わせろ」の一点張りだ。レノーラは「どうしてうちのママはこうもわがままばかり言うのかしら」と大変憤慨したが、クレイオスはどう聞いても「母娘そっくり」としか聞こえようのない咳をした。
 ところが、頑固な意志を折り曲げる方法は意外と身近なところにあった。
 レノーラが朝食を終えた頃を見計らって、フォルセティが姿を現した。漆黒のローブをいつも通り完璧に着こなし、女性のように美しい顔に優しい微笑を浮かべている。レノーラは口をつけていたティーカップを噛み砕きそうなほど全力で嫌がったが、アステリアはパァッと顔をほころばせた。
「あら、フォルセティ!今日も素敵ね」
 妻が他の若い男に嬉しそうに話しかけるのを見て、クレイオスの機嫌がまた悪くなった。
「ご機嫌いかがかしら?」
「最高ですよ」フォルセティがほほ笑んだ。「何しろ、今日は待ちに待ったお嬢さまのおめでたい日ですから」
「それって、うざい私がいなくなるからラッキーって意味?」
 レノーラがすぐさま噛みついた。誰も聞いていなかった。
「それで、奥様、お車の件なのですが——」フォルセティが言い辛そうに話し出した。「運転手が体調を崩してしまったようでして……わたしも一応マグルの車の免許を取得しているので、差し支えなければ、わたしが代わりに運転しようと思うのですが…」
 クレイオスとレノーラはバッと母親を見た。アステリアはフォルセティの端麗な顔にうっとりと魅入っていた。
「まぁ!それはありがたいわ。レノーラ、早く荷物をまとめて車にお乗りなさい。私もすぐに参りますわ」
「さっきあれだけ乗りたくないって——」
いいから早く支度なさい!!
 アステリアがピシャッと言った。レノーラは理不尽な対応の差をブツクサ言いながら、しぶしぶと席を立った。

 レノーラが部屋にトランクを取りに戻ると、ドアの前に薄茶色の塊が蹲っていることに気づいた。その得体の知れない塊は、ぐっしょり濡れた枕カバーのようなボロ布がかけられている。一体何だろうと思い近づいてみると、塊は突然巨大な目玉を剥いてレノーラを捉えた。
「レノーラお嬢様は……トゥインキーを置いて出てお行きになります…」
「わっ!」レノーラは思わず悲鳴を上げた。「……なんだ、トゥインキーか…」
「レノーラお嬢様は、トゥインキーをお見捨てになります……トゥインキーは独りぼっちです…」
 トゥインキーはグスッと鼻をすすり、腫れた目でレノーラを見つめた。そうか——今まで待ちに待った入学式のことで頭がいっぱいだったが、ホグワーツに行ったら長い間家には戻って来れない。レノーラがうきうき学用品を揃えている間、トゥインキーは満杯になっていくトランクを見てずっと沈んだ気分でいたのだ。そう思うと、だんだん彼女が不憫に思えてきた。
「ああトゥインキー、そんな風に考えないで…」
 レノーラはトゥインキーが起き上がるのに手を貸してやりながら言った。
「私は何も家出するんじゃないのよ!学校に行って、立派な魔女になるために勉強するの。…確かに全寮制っていうのはちょっと不安だし寂しいけど、私、学校に行ってたくさん友達作ったりしたいのよ」
 するとトゥインキーは雷に打たれたような顔をした。
「トゥインキーめは……トゥインキーめは、気づいておりませんでした……レノーラお嬢様は、トゥインキーの知らない間になんと大人になっていたことでしょう…!」
 トゥインキーは感激して、巨大な目玉から涙をボタボタ垂らし始めた。これだけ目を泣き腫らしておいてまだ涙が出るのかと、レノーラは半ば感心しながらしわくちゃの泣き顔を眺めていた。
「レノーラお嬢様はお勉強なさりたい!一人前の魔女になるために、お勉強なさりたい!——」トゥインキーが妙なところをくっつけてとんでもないことを叫び出したので、レノーラはどうか誰も聞いていませんようにと心から願った。「——愚かなトゥインキーめは、お嬢様が勉学に励んでいたなど、気づきもしませんでした。レノーラお嬢様は立派になられた。卑しいトゥインキーめは、危うくレノーラお嬢様の成長を妨害するところでした!たった一年お会いできないだけで寂しいなどと言って!!」
「あー……」レノーラの喉から奇妙な音が漏れた。「そうね。一年は……あっという間だわ…」
「そうでございます!トゥインキーは我慢できるのでございます!」
 しもべ妖精は胸を張り、つんざくようなキーキー声を一層高く張り上げた。
「たかが一年お会いできないだけで、トゥインキーは死んだりしません!お嬢様が一人前の魔女になってお戻りになるまで、トゥインキーはお待ち申し上げるのです!!」
 トゥインキーがあんまり張り切るので、レノーラはうっかり「一年」が七回あることを言い損ねてしまった。
「お嬢様、行ってらっしゃいまし!トゥインキーは仕事に戻るのです!」
「そ、そうね。ウン——その、がんばって」
 レノーラが茶色い頭をそっと撫でてやると、トゥインキーは大袈裟に震え上がり、キャーキャー言って喜んだ。
「レノーラお嬢様はお優しい!まるで天使様のようです!!」
 トゥインキーは大絶賛しながら廊下を駆けて行った。レノーラは恥ずかしさで火照る頬を押さえながら、しもべ妖精の危なっかしい後ろ姿を不安に思って見守った。案の定、階段を下りきったところで他のしもべ妖精と衝突事故を起こしていた。
「……次に帰ってくる時までに、パパがクビにしてなきゃいいけど…」
†††
 キングズ・クロス駅はアステリアが恐れていた通りの混み具合だった。これだけ人が集まっているというのに、どんなに見渡しても見慣れたローブ姿はどこにも見えない。輝くような晴天下、全身黒ずくめのハーグリーヴス家だけが浮いていた。
「レノーラちゃん、トランクは大丈夫?」
 トランクを乗せたカートがマグルのサラリーマンとぶつかるたびに、アステリアが声をかけてきた。
「鳥籠は?制服は出しやすいところに入れてあるわね?——」
「大丈夫だったら、ママ!」
 レノーラはうざったそうに声を荒げた。ちょうどその時、すれ違った大柄の男に危うく積み荷を崩されかけた。
「レノーラ、やはりわたしが持とう。人が多すぎる」
 クレイオスの提案はこれで五度目だったが、レノーラは頑なに拒否した。小さな子供でもないのに、両親が一秒と置かず代わる代わる手出ししようとするので、恥ずかしいやら悲しいやらで煩わしくて仕方なかった。
「——マグルで混み合ってるわね……当然だけど…」
 聞こえてきた言葉にレノーラは思わず振り向いた。燃えるような赤毛のふっくらしたおばさんが四人の男の子と一人の小さな女の子を連れて歩いている。五人とも、揃いも揃って母親とまったく同じ赤毛だった。
「ウィーズリー一家だわ」
 アステリアが鼻で笑った。
「マグルびいきのウィーズリー。魔法族の血筋が泣くわ——レノーラ、あんな連中とつるんではだめよ」
「言われなくったって!」
 レノーラは重たいカートを押し、プラットホームの「9」と「10」の間にある柵に向かって進んで行った。九番線と十番線に向かうマグルたちがレノーラの進路を妨害するので、なかなかまっすぐ歩けない。やがてカートの先頭が柵に触れた——レノーラは反射的に目をつぶった——次の瞬間、三人親子は別のプラットホームの真ん中にぽつんと立っていた。
 振り向くと、『9 3/4』と書かれた鉄のアーチが見えた。
 ホームは見慣れたローブ姿の乗客で溢れ返っていた。紅色の蒸気機関車が停車し、人混みの上に煙を吐き出している。ホームで談笑しているのは魔女や魔法使いばかりでなく、色とりどりの猫、ふくろう、カエル、さまざまな動物が、あちらこちらで鳴き交わしている。
「もうほとんどみんな乗り込んでるわ」
 レノーラは子供達で溢れ返っている先頭車両を指差して口を尖らせた。「もっと早く来れば良かったのよ」
「なら、ここで文句を言っていないで早く乗り込んだらどうかしら」
 アステリアが合図をすると、フォルセティがレノーラからトランクを取り上げ、手前の車両に運び込んだ。その間に、レノーラは両親と別れの挨拶を済ませた。
「組分けの儀式が済んだら、なるべく早くどの寮になったか教えてね」
 アステリアは我が子を固く抱きしめ、笑顔を浮かべて言った。レノーラと同じ色をした目が涙で煌めいていた。
「きっとあなたもスリザリンだわ。ママもパパも、それよりずーっと前も、みんなスリザリンだったもの」
「そうだといいな」レノーラの声は少し強張っていた。「……でも私、ひょっとしたらハッフルパフかも…」
「不吉なことを言うんじゃない」
 冗談で言ったつもりはなかったのに、クレイオスは豪快に笑い飛ばした。しかし、もし本当にハッフルパフに組分けされてしまったら、果たしてクレイオスは今みたいに笑うだけで許してくれるだろうか?
「とにかく、無事スリザリンに決まったら、わたしたちにふくろうを寄越してくれ。すぐに祝いの品を贈ろう」
 レノーラは弱々しく笑った。
 荷物を積み終わったフォルセティがレノーラを呼びに戻ってきた。クレイオスはアステリアの肩を抱き、列車から一歩下がって見送りの体勢を取った。レノーラは二人に手を振りながら——間違ってもフォルセティには一瞥もくれてやらなかった——、ホグワーツ特急に乗った。レノーラが乗り込んだすぐ隣で、ウィーズリー家の男の子たちが身を乗り出し、妹との別れを惜しんでいた。
「泣くなよ、ジニー。ふくろう便をドッサリ送ってあげるよ」
「ホグワーツのトイレの便座をつけてな」
ジョージったら!
「冗談だよ、ママ」
 レノーラはなるべく男の子達と目が合わないように顔を背け、トランクを引っぱってそそくさと車両を移った。

 コンパートメントはどこも既に満員だった。『ホグワーツ特急』が駅を出発する頃になっても、レノーラはトランクを引きずりながらまだ席を探していた。アステリアが駄々をこねたりしなければ、もっと早く来れたのに——列車の中はみんなの楽しげな笑い声に満ちている。みんなはもう友達ができているんだ……待ちに待った新学期なのに、一足出遅れたような気がして、なんだかとても心細かった。こんなことなら、事前にママの分の『酔い止め薬』を用意しておくんだった。
 重たいトランクを引きずって通路をフラフラしていると、突然目の前のドアがガラッと開いた。
「あれっ。君、そんなの引きずってどうしたの?」
 レノーラはパッと顔を上げた。数歩先のコンパートメントから、二人組の男の子が出てきたところだった。どちらもとってもハンサムで、レノーラよりうんと背が高い。レノーラは思わず尻込みした。
「あ、あの……私、空いている席が見つからなくて…」
「そうか。困ったな」
 二人組のうちの一人が、頭を掻きながら背後のもう一人を振り返った。
「僕達のところはもういっぱいなんだ。グレアムとフォレストがいるからな…」
「セド、一緒に席を探してやれよ。車内販売のおばさんは俺一人でつかまえて来るから」
 レノーラは思わず「えっ」と声を洩らしてしまった。
「い、いいいいい、いいのよ…!そんな、悪いわ」
 猛烈に遠慮するレノーラに男の子は「そう?」と首を傾げたが、『セド』は快活に笑った。
「悪いことなんてないさ。困ってる下級生を見過ごすなんてできないよ」
「だって、用事があるんでしょう?」
「用事?」とセドが聞き返した。「ああ、別に何でもないよ。小腹がすいたから、お菓子を買いに行こうとしていただけだし、多分彼一人でも行けるよ——ライリー、もしダメそうならフォレストを連れて行けよ」
「バカ言え」
 『ライリー』と呼ばれた男の子はちょっとだけ顔をしかめたが、レノーラが不安げに二人を見つめていたことに気づくと、ニコッと愛想良くほほ笑みかけてくれた。
「じゃあ。また後でね」
「…えっ……」
 引き止める間もなく『ライリー』が行ってしまうと、取り残されたレノーラはぎこちなく『セド』を見上げた。しかし『セド』はこの気まずい空気も何のその、ライリーと同じようにニコッと笑いかけてきた。
「それ、すごく重そうだね。僕、持つよ」
 『セド』がレノーラの引きずっている大きなトランクを指差した。
「えっ、でも——」
 レノーラは慌てふためいた。そんなに何から何までやってもらうわけにはいかないと思ったのだ。
「心配しなくても、別に盗ったりしないよ」と、『セド』が困ったように笑った。レノーラは思わず赤くなった。
 『セド』はフォルセティ顔負けの優しい物腰でレノーラからトランクを受け取った後、揺れる通路を確かな足取りで歩き出した。レノーラは時々ふらついたり、壁を押し返したりしてバランスを保ちながら、危なっかしげに彼の後をついて行った。
「そういえば、僕たち自己紹介がまだだったね」『セド』が肩越しに振り返って言った。「僕はセドリック・ディゴリー。さっきのはライリー・フィン。どっちもハッフルパフの三年生だ。よろしく」
 目の前に大きな手がすっと差し出された。レノーラは慌ててそれに応じた。
「私、レノーラ。新入生なの」
「そっか。よろしくね」
 セドリックは人懐っこく笑ってみせた。
 『ディゴリー』の姓には聞き覚えがなかったが、レノーラは深く追及しなかった。初対面でこんなに親切にしてもらっておいて、家柄を仄めかすのもどうかと思ったのだ。おまけに彼はとってもハンサムだ。もし彼が混血あるいはマグルの生まれでも、セドリックなら許されるのではないかと思えた。
 不安定な通路を縦に並んで歩きながら、セドリックはたびたび振り返って色々な話をしてくれた。ホグワーツ城のあらゆる仕掛けのことや、一風変わった先生のこと、面白い授業とそうでない授業、課題のコツ——セドリックの話はどれもためになったが、それ以上に、レノーラが学校生活に寄せる期待の膨らし粉となった。
「マクゴナガル先生の『変身術』は少し厳しいけど、呪文が成功した時の達成感はいいよ。講義中ためになることをたくさん言っているから、黒板に書かれてないこともノートにとっておいたほうがいいかな……そうだ、呪文と言ったら、フリットウィック先生の『呪文学』だ。二年生までは『妖精の魔法』っていうんだけどね。『浮遊術』や『呼び寄せ呪文』……これぞ魔法って感じの呪文をいっぱい習得できるから」
「へぇ。とっても楽しそう!」
 レノーラは目をキラキラ輝かせた。最初に抱いていたためらいや警戒心は、もうどこかへ吹き飛んでいた。
「分かんないのは『闇の魔術に対する防衛術』——これも一年生からの必須科目だよ——かれこれ数十年、同じ先生が一年以上続いたことがないんだ。どの先生もすぐやめてしまう。みんな『呪われた学科』って言ってるよ」
「そんなこともあるのね」
「気をつけるべきは『魔法史』だな。ビンズ先生は教職員の中で唯一のゴーストなんだけど、一度教科書を開くともう止まらないんだ——子守唄が」
 セドリックの言い回しがおかしくて、レノーラはクスクス笑った。

 いくつか車両を渡ったところで、ようやくちらほらとコンパートメントの空きが見えてきた。セドリックは話題のきりがよくなったころ、片っ端から戸を叩いては、レノーラの席を空けてくれるよう交渉してくれた。しかし、どこも「まだもう一人来るから」とか、「荷物をどけられないから」とか、適当な言い訳をつけて断られた。長い間付き合わせてしまってだんだん申し訳なくなってきたが、セドリックはまったく気にしていないようだった。
「どうせ座っていても暇なだけだし、君が気にする必要ないよ」
「ありがとう」
「あ、ここ。ちょうど一人分空いている」
 セドリックはまたちょうど良いコンパートメントを見つけ、ノックをしてから戸を開けた。中には男の子が三人いた。そのうちの一人と目が合った瞬間、レノーラはうめいた。
「やあ、レノーラ。しばらくぶりだね」
 ドラコ・マルフォイだった。窓から差し込む光でプラチナ・ブロンドがキラキラ輝いている。
「知り合いかい?」セドリックがレノーラを振り向いた。
「微妙」
 レノーラは頬を引きつらせたが、セドリックはあまり聞いていなかった。
「良かったら、彼女を一緒に座らせてくれないかな?空いている席がどこもないみたいなんだ」
 マルフォイはセドリックを上から下まで品定めするように見ていたが、やがてレノーラに視線を移すと、ニヤッと笑って「いいよ」と答えた。レノーラは思わずセドリックのローブの裾を掴んだ。立ちっぱなしでもいいから、セドリックのコンパートメントに一緒させて欲しかった。
「よかったね、レノーラ。席が見つかって」
 嬉しそうに笑うセドリックの顔が、なぜか無情に見えた。
「セドリック、私——」
「じゃあ、また後で——もしよかったら、ハッフルパフに来てくれると嬉しいな」
 セドリックはレノーラの手をやんわりと放し、手を振りながらコンパートメントを出て行ってしまった。
「『ハッフルパフ』?」
 背後でマルフォイが意地悪くせせら笑ったのが聞こえて、レノーラは今すぐコンパートメントを飛び出しセドリックを追いかけて行きたい衝動に駆られた。