国民と同じ目線から見た王政は、フォローのしようがないほどポンコツだった。行く先々で王の悪口を耳にしていれば、それくらいイーヴィでも分かった。ファーガス王に殺意に近い不満を抱いていたのは、ジムだけではなかったようだ。
 新たな決意と共に一歩踏み出した先は、貧困の真っ只中だった。品物は日に日に値上がりしていき、食べ物や着る物を調達するのさえ一苦労だ。昨日はなんとか買えたものが、今日になってての届かない存在になっていた、なんてことがしょっちゅうあった。貧富の差は耳鳴りがしそうなほど激しかった。城下町には富裕層ばかりが集まり、道を一本外れると、たちまち治安が悪くなった。ホームレスや物乞いがそこらじゅうに毛布を敷いており、イーヴィでさえ服の裾を掴んで金をせがまれた。あるときは人攫いらしき不審者に絡まれ、危うく誘拐されかけた。城下町では通じた『女傑人のレッテル』という防犯グッズは、このあたりでは通用しない。イーヴィは賊から逃れるために、久々に本気の“力”を使っていた。

 不自由な生活にようやく慣れ始めた頃、イーヴィのおんぼろ新居に予期せぬ来客があった。

 ある晴れやかな日の昼時、扉をノックする音が部屋の中に響いた。寝袋にくるまっていたイーヴィは、寝ぼけまなこをこすりながらのっそりと起き上がった。せっかくいい気持ちで寝ていたのに、フワフワの夢見心地が台無しだ。こんなへんぴな山奥までわざわざ足を運ぶ人間なんて、よっぽどの暇人かジムかどっちかだ。いずれにせよ面倒なことに変わりはない。イーヴィは居留守を決め込んで昼寝の体勢に戻ろうとしたが、しつこいノックに堪えかねて、観念してドアを開けた。
「ゴホン——遅いぞ、イーヴィ!」
「げっ…」
 イーヴィは偉そうな白髪頭を見た途端にドアを閉めようとしたが、スタンリーにあっけなく阻止された。「どうせそんなこったろう」と踏んでいたようで、ドアの隙間に足を突っ込んできたのだ。
「スタンリー!ハーイ」
 逃げられないと覚悟したイーヴィは、苦し紛れに足りない愛想を取り繕った。
「久しぶりね。元気してた?」挨拶の決まり文句を並べ立てたところで、愛想を取り払う。「で、どうしてここを?」
「あの少年に聞いたのじゃ。ジムとか言ったかね。ここにいるとすぐに教えてくれた。入っても?」
「どーぞご自由に(脅したわね…)」
 イーヴィは頬を引きつらせながら、戸口の脇に身を寄せ、家の中へといざなった。
 中に入るなり、スタンリーは内装を品定めするように眺め回した。きっと綿埃の一つでもあれば、嬉々として文句を言ってきたに違いない。イーヴィはドアを閉めながら、無言を貫くスタンリーの後ろ頭に向かって「どうだ美しかろう」と勝ち誇っていた。
「ベッドがないな」
 広げっぱなしの寝袋を見下ろして、スタンリーが呟いた。イーヴィはそうきたかと顔をしかめた。
「新しいベッド買えるほどお金ないんだもん」
「……金があったのか」
「この島に来た時のお財布が残ってたから」
 とはいえ、雀の涙ほどの所持金もそろそろ底をつきそうだった。物価は日に日に高くなるし、だからといって野生の食糧を捕まえて食べるなんて衛生的にとんでもない。だが、今さら城に戻るわけにもいかない。イーヴィは弱気な内心を悟られないように、なんてことはないという風を装った。
「それで、何かご用?」
「様子が気になってね——ゴホッ——山小屋に住んでいると聞いたときはひやりとしたものだが……これなら安心して国王に報告できる。思ったよりも清潔そうだな」
「昔から綺麗好きなの。私に興味なかったみたいだから知らないかもしれないけど」
 イーヴィは皮肉のつもりでそう言った。スタンリーが自分と関わりを持たないようにしていたことは知っていた。
「……そうか…」
 存外にも、刺々しい語調はスタンリーにダメージを与えていたらしい。てっきり何か言い返してくるだろうと思っていたイーヴィは、すっかり肩すかしを食らった気分だった。
「何かあったの…?」
 こんなおとなしいスタンリーは見たことがない。何か妙なものでも口にしたのではと心配になってしまった。
「いや。わたしはただ——ェヘン——君に礼をせねばと思ってな」
「はあ…?私何か——」
 したっけ、と言いかけて、イーヴィは言葉を失った。スタンリーがほほ笑んでいる。しかも、イーヴィに向かって。いつもの気難しそうな目つきではなく、やさしさに満ちた、あたたかい眼差しだった。真正面からその目を見たのは初めてのような気がした。
「ありがとう」
 スタンリーの声は掠れていた。言われ慣れていないイーヴィと同じように、彼も言い慣れていなかったのかもしれない。
「君がここにいるのは……国王のためを思ってのことだ。違うかね?君がそうしなければ、国王はきっと今も苦しみ続けていたじゃろう。もしかしたら、最悪の選択を強いられていたかもしれん」
「『最悪の』…『選択』……」
「君を“捨てる”ということじゃ」
 イーヴィは喉に何か熱いものが詰まったような感覚がした。「あー……そう…」
 妙な沈黙があった。トタン小屋の外で木々がざわめく音しかしない。用件はもう済んだのだろうか?それともイーヴィが何かを言う番なのだろうか?イーヴィは気まずさにいたたまれなくなり、口元をもじもじさせた。ファーガスといいスタンリーといい、年寄りは真面目な顔をすると口が回らなくなるから厄介だ。
「あの〜…」この窮屈な空気を打開するには、なんでもいいから何か話さなくてはならない。イーヴィは話題を探して目をキョロキョロさせた末、スタンリーが脇に抱えている茶色い包みを指差した。「それ、何?」
「これか?おぬしの部屋から持ってきたのじゃ。餞別にと思ってな」
 センベツが何か分からなかったが、どうやらくれるらしい。スタンリーはイーヴィの前で包みを開いてみせた。中から出てきたのは、一冊の新品の絵本だった。そういえば、そんな絵本が本棚にあったような気がする。
「女傑人とはいえ、子供は子供。絵本の一冊でも読んだらどうかね?」
「はあ……」
 受け取ったのは気まぐれだった。もともと、イーヴィは人間の子供が読むような本に興味はなかった。だが、スタンリーが差し出してきた絵本の表紙を見た途端、そこに描かれた美しい星空の油彩画に強く惹かれたのだ。荒く塗りたくられた紺色の背景に、黄色い絵の具の塊がランダムにちりばめられている。一見するとありふれた絵のようだが、その計算され尽くしたコントラストは、まるで本物の輝く星屑を思わせた。
「……これ…」
「ん?あァ、“北の海ノースブルー”の有名な画家が手がけたものでな、かなり高価な絵本らしいが……中身はよく聞く話じゃ」
「中身?」
 イーヴィは濃紺のキャンバスを横切る、繊細なセリフ体のロゴタイプを指でなぞった。

スタリーデール

「……スタリー…デール…?………“星の谷”……」
 小さく洩らした独り言を、スタンリーは目を丸くして拾った。
「なんと、知らんのか?有名な童話じゃぞ。ちょうどお前のような年頃の子供ならみんな読んどる」
 イーヴィはゆるゆると首を振った。この美しい表紙の中には、どんな世界が詰め込んであるのだろう。無性に知りたくなった。ところが——イーヴィは一ページ目を見て絶望した。
「読めない……」
えー!!?
 スタンリーの目が飛び出した。イーヴィは恥ずかしさのあまり耳がカッと熱くなった。
「う、うるさいわね!しょーがないじゃない、あんまり国語得意じゃないんだから…」
「しょうがないな。一回きりじゃぞ——貸せ!」
 スタンリーはイーヴィの手から『スタリーデール』をもぎ取り、イーヴィの隣に立って表紙をめくった。

昔、あるところに世界一美しいといわれる島がありました。
島は、いつでも、色とりどりの花々であふれかえっていました。
そして、いつでも、にぎやかでした。
おひさまがてっぺんでほほ笑みかけるとき、清らかな歌声で啼く鳥たちが集います。
眠気にさそわれて日の目が落ちると、空には金銀の星が舞い踊ります。
世界はそこを星の谷スタリーデールと呼んでいました。
やがて、スタリーデールの景色に惹かれて、人間が住み着くようになりました。
人間は花に水をやり、鳥にえさをまき、星に名前をつけました。
スタリーデールはますます綺麗になり、ますます人が増えました。
そして、島には村が生まれ、町となり、あっというまにひとつの国ができました。
人々は景色に飽き、かわりに便利なくらしを求めるようになりました。
花は枯れ、鳥は逃げ、星は煙で隠れてしまいました。
あるとき、また人間がやってきました。
人間は武器を持っていました。彼らは戦争をしにきたのです。
砲弾が落ちました。火がつきました。花が焼けました。空が赤くなりました。海が熱くなりました。人が怪我をしました。動物が逃げました。人も逃げました。
スタリーデールには、もう何もありません。

「……と、まあ、説教臭い話なんじゃが…」
 スタンリーは、教訓めいたストーリーに悪口をくくりつけるというどうしようもない終わり方で本を閉じた。イーヴィは語り部を批難するわけでもなく、スタンリーの顔をジッと凝視していた。
「えっ、終わり?スタリーデールどうなっちゃったの!?」
「どうした意外と食いつくなお前」
 スタンリーはいきなり子供返りしたイーヴィにいささか面食らっている様子だった。
「スタリーデールは汚されてしまったんじゃ。人の手で。人とはそういう生き物だからな——無論、女傑人も」
 イーヴィは手元の絵本に目を落とした。字は読めないが、絵は分かる。特別芸術に精通していないイーヴィでも、強烈な魅力を感じ取れた。それが、ページを追うごとにだんだんと物悲しくなっていく。最後のページに辿り着くと、胸がきしりと痛んだ。赤、黒、灰色の絵の具が、ページ一面に乱雑に叩きつけられている。表紙や物語前半に挿入されていたような鮮麗な絵は、もう跡形もない。
 もったいない。率直にそう思った。思った直後、イーヴィはそれを口にしていた。
「……私、スタリーデールをきれいにしたい」
「は?」
 一瞬、スタンリーはイーヴィの言っている事を理解できず、目をしばたいた。
「イーヴィ、これは作り話で——」
「私ならできると思うの!!!」イーヴィは聞き入れなかった。「この小屋だって、初めは死ぬほど汚かったのよ……孤児院の男子トイレ並みに。だけど、こんなにきれいになったわ!私、汚れたものが汚れたままって許せないの!!!」
「それは実に立派な性分だが、イーヴィ、スタリーデールは絵本の世界のことであって、現実には…」
「あるわよ!だって、こんな綺麗な絵、実物を見たことなかったらきっと描けないもの!」
 イーヴィは最初のページを開いてうっとりした。鮮やかな新緑色の芝生に咲き乱れる花々、そして、谷へ降り注ぐ無数の星。絵の具で再現されたものではなく、実物を見てみたかった。汚れてしまったのなら、またきれいにすればいい。せっかくこんなにきれいなんだから、汚いままなんかじゃもったいない。
「……確かに、国王のおっしゃった通りだな」
 スタンリーが微かに笑う声がした。イーヴィは本を胸に抱きかかえたまま首を傾げた。
「なにが?」
「いや…何でもない」
 何でもないと言いながら、浮かべられたほほ笑みは何らかの意味を含んでいた。柄にもなくはしゃぎすぎたか。イーヴィは今さら気恥ずかしくなってきて、紅潮する頬を隠すように俯いた。
「さて、わたしはそろそろ帰るとするかね……“イーヴィちゃん”」
 ファーガスを真似た呼び方をされて、むず痒くなる。「からかわないでよ」と、イーヴィは唇を尖らせた。
***
 スタンリーは上機嫌だった。初めてファーガスと同じ目線で彼女を見ることができた。いつもむっつりとしてそっぽを向いていたから見落としていたが、あの子は確かに“子供”だった。キラキラした笑顔を思い出したら、くすりと笑みがこぼれた。あんな無邪気な表情もできるなんて知らなかった。『スタリーデールは作り話だ』と教えてやるのは、もうちょっと後でもいいかもしれない。

 しかし、えびす顔も長くは続かなかった。

 荘厳な鍛鉄の門をくぐり抜けたところで、スタンリーは止まった。衝撃が喉に詰まる。まばたきや呼吸の仕方すら忘れてしまっていた。
 樫の木の扉の前に、メイドが一人立っていた。メイドはスタンリーに気付くと、スカートの裾を持ち上げていそいそと駆け寄ってきた。近くから見ると、メイドは隠しようがないほど不安で青白い顔をしていた。スタンリーはその顔色を見て、すべてを察した。
 メイドは凍りついたままのスタンリーの前で、紫色の唇をゆっくりと押し上げた。
「………スタンリーさん…レイダーさまが帰っていらっしゃいました……」
 スタンリーは静かに視線を戻した。城の影にひっそりと紛れるように、空っぽの馬車が停まっていた。
***
 ファーガスはいつになく険しい表情をしていた。スタンリーや給仕人達も、緊張した面持ちで落ち着きなく二人を見比べている。そこはフィリンシア城の大広間。つい先日まで女傑人と親バカが繰り広げる微笑ましいコントの場であったのに、今はまるで別世界のようにピンと空気が張りつめている。にも拘らず、目の前の男は、飄々とした態度でステーキを細かく切り分けている。
 数分前までのほの明るい気分が幻のようだ。上座の近くに控えていたスタンリーは、自分のこめかみを伝っていく冷や汗の粒を感じた。
「何かわしに言うことはないのか、レイダー」
 ファーガスがついに口を開いた。レイダーは切り分けたステーキを上品な所作で口に運んでいくところだった。
「オイ優雅に肉食ってんじゃねェよ。質問に答えんかいクソジジイ」
「ゴホン——国王、あなたの方が7つもジジイです」
 すかさずスタンリーがたしなめたが、ついうっかり「はしたない」を付けるのを忘れてしまっていた。
「ああ、すまんな兄上。何しろ存外に航海が長引いてな。食糧が足りず、二日間まともなものが食べられなかったんだ」
「ざまーみろ」ファーガスが舌を出した。
「とりあえず、まァ——ご馳走様。そこそこの味だったよ」
 レイダーが「皿を下げろ」と片手を上げて合図した。これまた随分とふてぶてしい「ごちそうさま」の挨拶に、料理人はヒクッと頬を引きつらせた。これならあのジムの方がまだずっとましだ。
「で、レイダー。貴様わしに言わねばならんことがあるんじゃないのか」
 ファーガスの一言で、全員の表情が再び引き締まった。レイダーは暢気にインテリアを眺め回しながら、テーブルの上で手を組んでカサカサの指をもてあそんでいた。
「改めて見ると広いところだ……兄上はわたしがいない間、この景色を独り占めしていたのですね」
「……レイダー…」
 ファーガスはくたびれた調子でたしなめたが、レイダーは聞いてもいなかった。
「あァ、一人じゃないな。兄上はたいそうなペットを飼い始めたらしい……噂によれば、外国人の、子供だとか……」
「あの娘はもうここにはおらん」ファーガスは口早に言った。「それと、そんな言い方をするな!」
「へェ。ずいぶんと入れこんでいたようだ」
「話を逸らすな」
 ファーガスの一睨みで、レイダーはようやく煩わしい口を閉ざした。
「……今までどこに行っていた」
 そう問いかける声には溜め息が混じっていた。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべているだけのレイダーに、ファーガスは更に言葉を投げかける。
「貴様が勝手に船を出して5年半。いったいどれだけ周りに迷惑をかけたと思っておるんじゃ。わしらだけじゃない。国民も皆お前を心配しとったんじゃぞ。それが今になってノコノコと現れおって、随分都合がいいもんじゃな——あいにくだが、貴様の居場所などとうになくなっておるわい」
「“迷惑”?」レイダーがフッと笑った。「白々しいにも程がありますよ、兄上。本当はわたしがどこにいるか、全部分かっていたんでしょう。ハッキリと申し上げておきますが、バレバレでしたよ。まったく、国王が聞いて呆れる。実の弟に監視をつけるなんて……」
 広間の空気が一気に悪くなった。もし相手が王の実弟でなかったら、この場にいる全員が手に持ったものを全てかなぐり捨てて殴り掛かっていただろう。それほどまでに彼らの気は張りつめていた。ファーガスはもう少しで飛び出しそうだった拳を押さえつけながら、ギラリとレイダーの澄まし顔を睨みつけた。
「それだけ貴様は怪しまれておったんじゃ。どうやら外ヅラだけは良かったようじゃがな……あのサギみたいな好感度は何なんじゃ。町中にワイロでも蒔いて回ったのか?」
「人聞きの悪い」
 レイダーは「クックッ」と肩を揺らしてのんびりと笑った。
「わたしにだって、一人になりたい時があるんですよ。いけませんか?ここにずっといるとね、息が詰まるんですよ。疲れるんですよ。口うるさいばかりの年食った使用人や、権力を独占するわがままな兄、文句を言うしか能がない馬鹿な国民……この国にはもううんざりだ」
 ワイングラスがひっくり返った。赤い液体があっという間にテーブルクロスを染めていく。しかし、それを気にかける者は誰もいなかった。怒りのとばっちりを食らったテーブルの上で、ファーガスの骨ばった拳がギリギリと打ち震えている。レイダーは何かよからぬ思案に色づいた目で、その拳を見つめた。
「相も変わらず短気だな」レイダーが呟いた。
「貴様……国の者達を愚弄する気か?仮にも自分を慕う者達を!」
 きつく噛み合った上下の歯の間から、興奮した猫のように荒い息がフーフーと洩れ出ている。
「やだなあ。そんなつもりで言ったんじゃありませんよ」
 レイダーは穏やかなほほ笑みを浮かべて言った。ファーガスの反応一つ一つを楽しんでいるようだった。
「そうだな……何と言うか…考えていたんです、この5年半の間。この国はこのままでいいのか——兄上、あなたはご存知ですか。この国が抱えている問題を。貧富の差を、治安の悪さを、不満を……わたしも曲がりなりにも王家の人間だ。この先、国はどうなるのか、国を良くするためにわたしは何をするべきか……」
「……答えは出たのか」
 ファーガスは胡散臭そうに顔をしかめていた。レイダーの芝居がかった口調が気に食わなかったに違いない。
「当然。だからこうして帰ってきた」
 そして、それが本題だとばかりにレイダーは身を乗り出した。
「気に入らんものは自分好みに変えればよい。どんな手を使っても」
 レイダーの細い目がぎらりと不吉な光を帯びた。そのとき、ファーガスとスタンリーは小さく息を呑んだ。あってはならない『まさか』が頭をよぎった。
***
「覚悟しておくんだな、ファーガス」

 イーヴィはほほ笑んでいた。寝袋に腹這いになり、枕元に立てかけた『スタリーデール』の表紙を眺めながら、美しく復興した絶景を思い描いて……。

「貴様の時代はじきに終わる」

 フィリンシア王国城下町に号外がバラまかれた。それはファーガスが王権を手にしてから初めての大スキャンダル。紙面いっぱいに掲げられた極太の見出しには、誰もが予想し得なかった言葉が並んでいた。ジムは靴の下に舞い込んできたそれを手に取ると、一目見て、弾かれたように走り出した。

「これからはわたしが王だ」


国王側近スタンリー、公金横領か