フィリンシア監獄
裏口付近
「
国王軍が動き出してる!? もう!? そんな…話と違うじゃない!!!」
イーヴィのかん高い怒鳴り声が夜空の下に響き渡った。負傷した左腕をスタンリーに預け、応急手当てを受けているところだ。真新しい包帯にさっそくじんわりと赤い染みが滲み出すのを見て、憎々しげに舌打ちを漏らす。その舌打ちをどう解釈したのか、彼女の目の前の小電伝虫はやや怯えた様子で体を引いた。
『頼むからおれにキレるなよ…お前の怒鳴り声って結構怖いんだぜ』
小電伝虫から聞こえる声はジムのものだ。麦わらの一味とやりあっていた時よりは砕けた話し方で、5年前の頃よりは大人びた声をしている。
『ま、大方、ダグラーの野郎に嵌められたんだろ。おれ達が妨害行為を企んでると知って、予定を早めやがったんだーー』
イーヴィは黙り込んだ。5年前から密かに進めてきた妨害計画——だが、残念ながらそれは失敗に終わってしまった。イーヴィが間違った人物を信用してしまったからだ。
—— 城を爆破する!?
—— ええ。根城ごと木っ端みじんに吹っ飛ばしてしまえば、さすがの毒蜘蛛もひとたまりもないでしょ。ただし、相手はあのダグラー…そう簡単じゃないわ。一発ですべてを決めなきゃ、みすみす取り逃がすことになる…。一度の爆発で確実に城を吹き飛ばすには、城の内部複数カ所に爆発物をしかけて同時に爆破する必要がある。さらに、城にはあちこちに毒蜘蛛海賊団の幹部が潜んでるわ。こいつらの手から逃れながら城中に爆発物を設置するのは、私一人では不可能に近い…。
—— でも、傭兵隊を一部隊でも買収できれば、話はずっと楽になる…!
—— それで、ジム…、あんたには“あるもの”を使って残党駆除をして欲しいの……。
「第2傭兵隊が寝返った今、城の爆破計画は諦めるしかないわ……」
スタンリーの治療が終わると、イーヴィは腕の調子を確かめるように肩からぐいぐい回した。やっぱり少しぴりっと痛むが、動かせないほどではない。毒による症状もほとんどよくなった。
『だけど、それじゃあダグラーの野郎が野放しに——』
「もちろん、そうはさせないわ」
急き込むジムを遮って、イーヴィはきわめて冷静に言った。
「あんたの粋な“贈り物”のお陰で、どうにかなりそうだし」
『
!!』
電伝虫の向こう側でジムが小さく反応した。やっぱりか。イーヴィは電伝虫に拾われないよう、小さく笑った。
「……で、」
イーヴィは拳銃に弾を詰めながら話を本題に引き戻した。
「急で悪いけど、“第二の作戦”——今から1時間後に実行に移せる?」
『1時間後……』ジムが考え込むように唾を啜った。『……城の爆破が失敗したなら、「“残党”駆除」どころの規模じゃねェな。正直言って厳しいが……やるしかねェんだよなァ…』
「まあね。それが防衛にもなる」
『だな……仕方ねェ、やらなきゃおれ達ァ全員仲良く地獄行きだ。やれるだけのことはやってみるよ』
いい返事だ。
イーヴィは満足げに口角をつり上げた。
「オッケー。じゃ、頼んだわよ」
***
フィリンシア監獄
武器庫
ろくな照明も設けられず、ただぼんやりと薄暗いだけのそこへ、ひとつの音が生まれた。がちゃり、ドアの開く音。続いて、5人分の賑やかな声がガヤガヤとなだれ込んでくる。
「あったぞっ
!おれのパチンコ
!」
「おれの刀もだ」カチャリ、と鍔が鳴る。「お、ちょうどいいところに。この刀拝借するぜ」
「おいおいクソマリモ、てめェ余計なもん持ち出してイーヴィちゃんに迷惑かけんじゃねェぞ」
「ハッ、そこの泥棒女にも言ってやれ」
「キャー♡ちょっとやだ何コレー♡この宝剣報酬金代わりにいただいていこうかしら♡♡」
「ちゃっかりしてるナミさんも素敵だーっ♡」
「……お前安定してるな…」
「ニシシ
!おいウソップ〜
!見てみろ
!——兜
!!!」
「うほォ〜
!! かっちょいー
!!! ルフィそれどこにあったんだ!?」
「
だから余計なものに手を出すなっつってんだろーが!!」
ゴッ、ゴッ……サンジの怒りの蹴りが炸裂し、頭をふたつ床に強く打ち付けたような音がした。
「
ず……ずビバぜンでじた……」
「
……理不尽…」
「粗方必要なものが揃ったならそろそろ行くぜ。準備はいいな、てめェら
!」
—— おう
!
ゾロの掛け声に4人が意気込む。出口の扉が開かれ、その時吹き込んできた生臭い風に、消えかけていた松明の炎がフッとかき消された。
そして、暗闇から音は遠ざかっていく。
***
フィリンシア城
王の間——
赤銅色の髪の男は、絢爛な玉座にゆったりと腰かけていた。足元には「2」を背負った黒マントの傭兵達が跪いてこうべを垂れている。しかしダグラーは彼らには目もくれず、給仕士が運んできたフルーツの盛り合わせにがっついていた。作法もへったくれもない下品な振る舞いだったが、誰かが口を出すことはない。そんなことを気に留めるような人間はその場に誰一人としていなかった。
「——で」
ダグラーは口の周りにこびりついた果汁を手で鬱陶しそうに拭いながら切り出した。
「女傑は捕まえたんだな?そりゃご苦労だった」
「いえ」
フェオドールが緩慢な動作で頭を下げた。
「しっかしなァ……あのガキ、城を吹っ飛ばす気でいたとは…」
ダグラーがべとべとの手をピッと払うと、使用人が即座に進み出て、恭しく彼の手を取りタオルで拭った。
「仮にもここはあいつにとっちゃ“実家”だろうが。世話になった使用人もまだ残ってるっつうのに、それを……おれの言えたことじゃねェが、血も涙もねェ女だな」
「あなた方とは無関係の使用人は、全員おれ達が避難させる手はずになってましたから」
「あーなるほど。いやァそれにしたってなァ…」
「それで、ダグラー様、謝礼の方はいったいいつ頃に……」
フェオドールが両手をすり合わせながら聞いた。
「あ?」ダグラーが面倒臭そうに顔をしかめる。「ったく、てめェら傭兵隊は『金』『金』うるせェな…」
「女傑の身柄を拘束すれば今までの倍をお支払い頂けると…
!」
「わーってるよ、でけェ声出すな」
ダグラーは煩わしい蠅を追っ払うようにしっしっと手を払った。
「心配しなくても用意してある。後でラックの野郎から——」
——ドーン!!!
それは突然で、そして一瞬のことだった。
付近に立っていた数人の近衛兵を巻き込んで、広間の扉が木っ端微塵に吹き飛んだ。海賊も使用人も7傭兵も、そこにいた誰もがぎょっとして飛び上がった。何かの手違いで、阻止したはずの爆発が起きてしまったのかと彼らは思った。しかし、すぐにそうではないと気づく。もうもうと立ちこめる砂塵の向こうに、五つの黒い影がゆっくりと浮かび上がった。
「……誰だ、てめェら」
ダグラーは眉をひそめた。
やがて煙は晴れ、五人の姿が初めて露になる。三節棍を肩に担いだ美女、パチンコを構える長鼻の少年、くわえタバコの優男、“海賊狩り”の剣士、そして、今朝方新聞で“東の海”中を騒がせた
あの少年——広場はざわめき立ち、傭兵隊はサーッと顔色を変えた。
「あいつら、まさか…
!! だが、あの時確かに牢屋に閉じ込めてきたハズ……」
「おれはルフィ——」
トレードマークの麦わら帽子に手を置いてずらし、少年ははっきりとその顔を見せた。
「——
海賊王になる男だ!!」
どんっ
!!
モンキー・D・ルフィは、堂々と、その正体を明かした。
「“海賊王”だァ?」
ダグラーは片眉をつり上げた。そして、
「
カカカカカカ!バカ言ってやがる
!! おいてめェら聞いたか!?『海賊王』だってよ
!!」
火がついたように大声を上げて笑い出した。初めは呆気にとられていた海賊や傭兵達も、やがて
頭につられていっせいにバカ笑いし始めた。
「小僧、まさか本気で言ってるんじゃねェよなァ!?」
「本気で言ってるよ」
ルフィが真顔で返した。すると、あたりは爆笑に包まれた。ダグラーにいたっては目尻に涙をにじませている。
「カカカカカカカカ
!! こりゃァ傑作だ…
!本物のバカがいやがる
!!」
「海賊王だってよォ
!!」
背中に巨大な斧を担いでいる大柄な海賊が、腹を押さえてヒーヒー言った。
「あのガキ意味分かってんのかァ?」
これだけの嘲笑を浴びせられながら、ルフィは顔色一つ変えなかった。登場時から全く変わらない目つきで、まっすぐと玉座に座る海賊を見つめていた。ナミやウソップ、ゾロ、サンジもまた、自分達の船長が侮辱されたことに腹を立てたりはしなかった。
「ダグラーってのはどいつだ」
広間中の笑い声を切り裂くように、ルフィが言葉を放った。
「あァん?」
ダグラーが柄の悪い声を上げる。笑いを完全には抑えきれておらず、口元は緩く息も揺れていた。
「おれに何か用か?小僧」
「ああ、そうだ。おれ達はお前を——」
ルフィはふんぞり返って大きく息を吸い込んだ。
「
ぶっ飛ばしにきた!!」
「
!!?」
広間の騒ぎがぶつりと途切れた。それだけ、ルフィの怒号には鬼気迫るものがあった。
麦わらの一味が戦闘態勢に入った。ナミは三節棍を、ウソップはパチンコを構え、ゾロは腰の刀に手をかけた。武器を持たないサンジもズボンのポケットに両手を突っ込み、洒落た革靴の爪先でコンコンと床を踏み鳴らす。毒蜘蛛海賊団はすぐさま臨戦態勢を取ったが、彼らが武器を取り出そうとするのを、上座から引き止める声があった。
「てめェらは下がってろ
!!」
毒蜘蛛海賊団は揃って不服そうな顔をした。生意気な若造を早く叩きのめしてやりたくてうずうずしているようだった。
「……フィリンシアの7傭兵
!」
「
!」
呼びかけられた黒マント衆が慌てて背筋を正す。
「このガキどもを片付けたら、謝礼をさらに倍にしてやる。どうだ?受けるか?」
傭兵隊は途端に意地汚い笑みを浮かべ、獲物を狙う猛禽類のような目つきで麦わらの一味を見た。ルフィが拳を構え、腰を落として姿勢を低くした。
「仰せのままに」
フェオドールが言った。
そして、戦いの火蓋は切られた。
1から7の数字を背負った傭兵達の集団が一斉に地面を蹴って飛び出した。豪華絢爛な大広間はあっという間に黒尽くめの男達で入り乱れる。多勢に無勢。麦わらの一味にどれだけの実力があっても、これならば勝負は一瞬でつくだろうと、物見に徹していた連中はたかをくくった。
—— だが。
「ナミ、ウソップ、下がってろ
!」
ルフィは一歩前に飛び出すと、草履でザッと床を掃いた。
「おれは右を」
「ならおれは左だ」
ゾロとサンジはお互いに背を向け、ナミとウソップを挟むようにして立った。
「
ゴムゴムの…!! 」
ルフィは両手の拳を何重にもブレて見えるほどのスピードで空突きし始めた。
ほぼ同時に、ゾロとサンジが左右へ飛び出した。数えるのも面倒なほど大勢の傭兵隊に向かって、ゾロは右手に和道一文字、左手に監獄から拝借した刀をそれぞれ持ち、サンジはポケットから両手を引き抜いて突っ込んでいった。
「
鷹波!!! 」
ゾロが凄まじいパワーで刀を振る。そこから生み出された風は広範囲に及んで敵を吹き飛ばす。対するサンジは敵の一歩手前のところで逆立ちになると、両手を器用に使って鋭い回転を加えながら周囲を見事に蹴散らした。
「
パーティーテーブルキックコース!!! 」
「
銃乱打っ!!! 」
ルフィから繰り出される無数のパンチの嵐が、前方多数の傭兵達を襲う。
「
ぐえェーーっ!!!」
「
ギャアアアーーー!!」
猛々しく武器を取った『フィリンシアの7傭兵』だったが、麦わらの一味の猛攻の前に早くも全面総崩れとなった。ゾロは刀を鞘に納め、サンジは軽やかに体勢を整え、ルフィはバチンと元の長さに腕を戻した。文字通り一掃された戦場の中、まだ残っているのは、毒蜘蛛海賊団の構成員と、第2傭兵隊の兵士達——。
「な……なんだこいつら…!? 『フィリンシアの7傭兵』が形なしだ
!!」
「お、おい…
!ありゃまさか“海賊狩りのゾロ”じゃねェか!?」
「あのスーツの男、なんて蹴り技持ってやがる…
!」
「見たか、あの麦わら小僧、腕が伸びたぞ!?」
ざわめく海賊団、そして第2傭兵隊。
すると、戦々恐々とした彼らの表情を見て気を良くしたのか、さっきまで主力3人の背に隠れていたウソップが、いきなり強気になってふんぞり返った。
「だっはっは
!! どうだ参ったか野郎共
!!」
フェオドールが背中の矢筒に手を伸ばした。ウソップは気にせず敵を見下す。
「この程度で済むと思うな
!! 聞いて驚け
!おれには約8千人の部下が——」
いるのかいないのか、みなまで聞くことは適わなかった。フェオドールの放った矢が、ウソップの髪の毛を掠って通り過ぎていき、背後の壁にぐさりと突き刺さったのだ。ナミは真っ青になって両頬を押さえ、ウソップは恐怖で失禁するのではと思うほどガタガタ震え始めた。
「※@■*ω§×△〜〜〜
!!!!」
「おっと、悪いな。耳障りだったんで、つい」
フェオドールがせせら笑った。とても感じの悪い言い方だったが、ウソップは言い返すどころではなかった。
「雑魚はあらかた片付けたが……」
ゾロの手はいまだ腰の刀の柄を掴んでいる。
「……真打にはまだ届かねェか…」
「ちょうどいい。このクソ野郎共には用がある」
サンジは「2」を背負う者たちをギラリと睨みつけた。その目は怒りに激しく燃えさかっている。
—— ズシン…。
殺気立つ麦わらの一味の前に、もう一つ巨大な影が立ちはだかった。
「なんだなんだ。揃いも揃って簡単にやられちまいやがって」
ゆうに2〜3メートルはあるだろうという、見上げるほどの巨漢。丸太と見間違うほど太い腕には、鋼のように強靭な筋肉が張り巡らされている。だが、一味に冷や汗をかかせたのは体格のでかさだけではなかった。背中に、ゾロの身長を軽く超えるくらい大きな斧——両刃式で、大小の刃が対になっている。片方の刃はバカでかく、彼の筋力をもってすれば、広間の石柱くらいなら余裕で叩き切ることができるだろう。赤みがかった柄には繊細な金細工が施されており、かなりの上物だというのが見て取れる。
フィリンシアの7傭兵 総隊長
毒蜘蛛海賊団戦闘員
フラッグ
「船長……そろそろおれ達も…一暴れさせてくだせェよ…
!!」
ザッ——玉座の一番近くに控えていた男が、フラッグの右に並び出た。
こちらも呆れるほど大柄な男だった。どでかい体に不釣り合いな小さい頭。顔中に古傷が走っており、一目でカタギではないと分かる。腰の右と左に2本ずつ刀をぶら下げている。
フィリンシア王国 軍事司令官
毒蜘蛛海賊団戦闘員
ラック
「存外ホネのありそうな奴らだな…」
フラッグの反対隣に歩み出た男——その顔に一味は見覚えがあった。やはり立派な体格に、たっぷりした口髭、ベージュの軍服……間違いない。
フィリンシア王国 軍事司令官補佐
毒蜘蛛海賊団戦闘員
グリエ
「「………
!!!」」
雑魚とは明らかに違ういでたちの男を見て、ナミとウソップは声にならない叫びを上げた。だが、主力の3人はなおも平静だった。ルフィは相変わらず感情の読み取れない目で何も言わずに彼らを見据えている。サンジは口にくわえたタバコに火を点けると、一息吸ってから、「フー…」と煙を吐き出した。
「おい、クソ剣士。右、やれるか?」
「……楽勝だな」
ゾロがにやりとした。
「エロガッパ、てめェは左をやれ」
「誰がエロガッパだ、誰が」
2人して軽口を叩く余裕すらあるようだ。
「じゃあおれは」
ルフィが左の掌に右の拳をパン
!と叩き合わせた。
「ダグラーをやる
!」
「
うおおおい!」するっと無視されたフラッグがカッと目を剥いた。「
てめェこの麦わらバカ野郎!おれが見えねェのか!!」
「だっておれおめェに興味ねェし」
ルフィは小指で鼻をほじりながら面倒臭そうな目でフラッグを見下した。
「ウソップー、お前あいつやれるか?」
ぐりんと真後ろに首を向けたルフィに、ウソップもフラッグと全く同じ顔をした。
「
バカ言うな!あんなメチャクチャ強そうなやつと誰が戦うか!!」
「えー、でもそれじゃあよ、数が合わねェんだよ」
「
ンだからもともと合ってねェんだよ!! 前向いてよく見ろ!! 傭兵隊も一番厄介なのが残ってんだぞ!!?」
「じゃあ、お前ナミと一緒にあいつらも——」
「
死ーぬーかーらー!!!」
ウソップはしまいに顔のパーツというパーツを全部突出させた。ルフィは「ちぇーーー」と未練がましく声を伸ばしたが、それでもウソップの意見が変わることはなかった。
「てめェら……このおれを……」
内輪の漫才に真っ先に痺れを切らしたのは、当のフラッグだった。がっしりした肩をわなわなと震わせている。
「
ナメくさってんじゃねェよ!!!」
「
うおっ!!?」
ギュンッと空気を両断する音を聞いて、ルフィとウソップは慌てて飛び退いた。すると、間一髪、さっきまでルフィ達が立っていたところに、巨大な斧が深々と突き刺さっていた。もしさっきの一撃が命中していたら——ウソップは思わずごくりと喉を鳴らした——今頃自分の体はペシャンコに潰れていたに違いない。
「おいいきなり何すんだ
!危ねェじゃねェか
!!」
ルフィが脱げかけた麦わら帽子を押さえて抗議した。
「知るか
!てめェらがこのおれを無視するのがいけねェんだ
!!」
「……お前案外ガキっぽいな」
「
てめェに言われたくないわ!!!」
フラッグがつっこんだ。もっともである、とゾロ達はつい敵の言葉に頷いていた。
「いいか麦わら……」
気を取り直し、フラッグは唸った。ガコン…と重たそうな斧を片手で持ち上げ、刃の先をルフィに向けた。
「おれは『フィリンシアの7傭兵』総隊長を務める男
!! その力、
とくと味わわせてやる!!!」
言うが早いか、フラッグは斧を思いきり振り上げ、その刃を天井に突き立てた。何かする気か、と一同は身構えた。
「
ぬぉぉぉおおおおおおぉおおおおおおお!!!」
むさ苦しい雄叫びを上げて、フラッグが力を込める。そして——。
ドゴォッ——。
天井が、降ってきた。
「「「「「
!!! 」」」」」
麦わらの一味の目玉が景気よく飛び出した。
「オイオイ…フラッグのヤツ……おれの城ぶっ壊しやがって…」
ダグラーはやれやれと呆れたように呟くと、自衛をすべく玉座から立ち上がった。
なんて怪力だ
!そして、なんて無茶苦茶なことをする男だ
!——サンジの口からポロリとタバコが落ち、ゾロは危うく刀を取り落とすところだった。だが、悠長に目玉を飛ばしている場合ではない。サンジはすかさずナミを抱きかかえ、ゾロはウソップの腕を引き、部屋の隅まで避難した。一瞬遅れて、広間は凄まじい轟音に包まれる。そして、膨れ上がった砂埃で全員の視界が真っ白に染まった。
ナミも、ウソップも無事。自分達にも怪我はない。なんとか、命からがら、最悪の事態は免れたようだ——ゾロとサンジは壁に張りついたまま、ふぅと胸を撫で下ろした。
「ったく、滅茶苦茶やりやがる…」
「まったくだ。タバコ落としちまったじゃねェか」
サンジはチッと舌打ちすると、ポケットに手を突っ込み、タバコのケースを引っぱり出した。その様子を茫然としたまま眺めていたナミが、ふと、とんでもないことに気がついた。
「あれっ?」
ナミはサンジの胸を押し返して彼の腕の中から脱出すると、何かを探すようにキョロキョロした。
「?どうした、ナミさん。何か落とした?」
「う、ううん。そうじゃなくて……」
ナミは青ざめていた。徐々に、ゆっくりとだが少しずつ、視界を覆っていた白い煙が晴れていく。
「
ルフィは…?」
あれっ。
そういえばいねェ
!! 男性陣はナミの言葉で初めてひとつ気配の足りないことに気がついた。まさか、まさかまさか
!霞がかった広間の中、目を凝らしてよーく見てみると……。
「
ぬぬぬぬぬ…っ!!!」
瓦礫の下から覗く埃まみれの頭。頭は見えるが——体が見当たらない。
「
くそォ!! 体が!! …!! 抜けねェ!!!」
((((
あのアホ何しくさってんだー!! ))))