なぜだ。
 なぜ、一味の最大戦力が真っ先に封印されているんだ。

 残された4人は頭を抱えた。先ほどフラッグが放ったパワフルな一撃は、上のフロアの部屋をほとんど丸ごと連れ込んでしまったようだ。ルフィは瓦礫というより、大きな石部屋に押しつぶされていた。首から下の部分は分厚い床の下でペチャンコになっているに違いない。状況が状況なだけに、「まったくも〜、ルフィったらお茶目なんだから〜」では済まされない事態である。
「いやァ〜、参った抜けねェ」
 ところが、当の本人がそのようなテンションなのだから困る。サンジはくわえた煙草をギリッと噛み潰した。
「……ったく、仕事増やしやがって…」
「視界が完全に晴れる前にアレどかすぞ」ゾロが言った。「おい、手伝えラブコック」
「その呼び方やめろ。感じの悪ィ野郎だぜ…」
 しかし、敵はそんな猶予など与えてくれなかった。
 —— ヒュッ…。
 煙を切り裂くかん高い音、そして確かな殺気。それにいち早く気づいたゾロとサンジは、お互い反対方向に飛び退いた。すると、間一髪、さっきまで2人が立っていたところの地面に、一本の矢が深々と突き刺さっていた。
ギャアアアアアア!!!
 ウソップが両手を上げて絶叫した。
「クソ…もう射ってきやがったか…
 ゾロが冷静に言った。片手は既に腰の刀にかけられている。
 矢——ということは、“あの男”に違いない。イーヴィに毒矢をぶち込んだ、フェオドールとかいう胸糞悪い傭兵だ。
「サンジ君——」
 ナミが瓦礫の陰から心配そうに声をかけた。
「心配無用だ、ナミさん……そこに隠れていてくれ」
 サンジは革靴の底で、「タン、タン…」と地面を蹴り、グッと腰を落として身構えた。
「おいウソップ。てめェはそこでしっかりナミさんをお守りしろ!」
えええー」ウソップがこの世の終わりのような声を上げた。「お前らどーすんだよ!!?
「決まってんだろ…
 燃えるような眦で煙の向こうを見据えるサンジ。
「あのクソ野郎共、あの世まで蹴り飛ばしてやる!!
 広間の中にブワッと嫌な空気が広がった。それは、ゾロとサンジの熱気か、はたまた敵の殺気か、ナミとウソップには判別がつかなかった。
***
 セントフィリンス公園——。

 出しなに拾ったボールを弄ぶ。空に向かって投げては捕まえ、捕まえてはまた空に投げ——ポン、ポン…とリズミカルに響く音と音の合間に、ざわざわと控えめな雑音が聞こえてくる。
 頭は不安で一杯だった。この現実から逃げ出せることができたらどんなにいいだろう。だが、やるしかない。おれがやるしかないんだ。震えてる場合じゃない。失敗した時のことなんて考えるな。ジムはどうしても及び腰になってしまう自分を、何度もそう言い聞かせて叱咤した。
「ジム——」背後から遠慮がちに呼びかける声がした。「——こ、これは一体…」
 ——パシッ。
 落ちてきたボールをキャッチする。ジムはそこでようやく後ろを振り返った。
 世話になっているレストランのおじさんに、コック仲間の若者達、隣の八百屋の主人、孤児院で一緒だった元いじめっこ達、それだけじゃない、あまり話したことのない人や、顔も名前も知らないような赤の他人まで、公園にはとても収まり切らないほどたくさんの人々が集結している。みんな、わけも分からず困惑顔でジムの言葉を待っている。
「お、思ったより集まったな…」
 ジムは自分の予想を遥かに上回る光景に、少しばかりたじろいだ。だが、すぐに気を取り直す。後ろの方まで自分の姿が見えるよう、ベンチの上にあがった。
「みんな、緊急事態なんだ。頼む、おれの言うことを真剣に聞いてほしい」
 人々は水を打ったように静まり返った。ジムは一度きゅっと唇をきつく結ぶと、意を決したように話し始めた。
「これからおれが話すことは、全部、真実です」
***
 —— ギィン…
 刃と刃が噛み合う音。

 麦わらの一味の剣士ゾロの相手となったのは、同じく剣術の使い手ラック。直刃の刀を抜き、どでかい図体で力いっぱい斬りかかってきた。片腕の一振りだというのに凄まじい威力だ。この男、どうやら見かけ倒しのハリボテではないらしい。
「くっ——」
 ゾロは顔の前で横一線に構えた『和道一文字』の峰に左手を添え、その重みに耐えた。
「どうしたロロノア!! さっきから受け身ばかりじゃねェか!!
 今度は横から刀が迫ってくる。これは阻め切れない——ゾロは即座に判断し、軽く体をひねった。直後、左の二の腕に熱が走る。ラックの左手に握られた2本目の刀が、ゾロの腕の皮膚を浅く切り裂いていた。
 やべェな……ゾロは刀を押し返すようにして相手との間合いを取った。一瞬遅れて、さっきまでゾロの立っていたところに巨大な斧が降ってきた。斧は石畳に深くめり込み、亀裂が波紋のように外へ広がっていく。その威力に感心している暇はない。すぐに体を反らさなければ、危うく大きな鎌で胴体を刈り取られてしまうところだった。
「くっそォ危なかった!!
 ゾロは慌てて体勢を立て直し、次の攻撃に備えて刀を構えた。
 このラックとかいう男、こいつ一人を相手するのも厄介だというのに、第2傭兵隊の連中が隙を見つけては次々に襲いかかってくる。その上、さきほどから怪力自慢のフラッグが斧でちょっかいを出してくるのだ。気を抜けば最後、誰かの刃に首を刎ねられてしまうだろう。
「聞いた話では——」
 ラックがまた何かしゃべり出したのを、ゾロは矢をかわして肩で床を転がっていきながら聞いていた。
「——貴様は三刀流だというが…その特異な流儀はいつお目にかかれるのかね?」
「ハッ……なァ〜にが『特異』だ」
 ゾロはラックの言葉を拾って鼻で笑った。フラッグが横薙ぎにした巨大な斧の下をくぐり抜け、第2傭兵隊の一人に一太刀くれてやった後のことだ。
「てめェの流儀の方がよっぽど異常だろ……なァ?四刀流…
 そのセリフを受けて、ラックはニヤリと笑った。彼の両手には刀が1本ずつ。そして、足元にはさらに2本の刀が転がっている。そう、これが厄介なのだ。
 ゾロはラックが動き出すより早く、向かって右側に飛び出した。するとラックは1本の刀をなぜか真後ろに蹴り飛ばした。ゾロはひとまずそれを無視する。地面を蹴って鋭く方向転換すると、真横からラックに斬り掛かった。
「……軽いな」
 ラックはゾロの刀を片手で受け止めた。そして足元に転がっていたもう1本の刀を、つま先を使って器用に蹴り上げた。
「ッ——」
 ゾロは腰から2本目の刀を抜き、すかさずそれを弾き返す。しかし、間髪入れずにラックのもう片方の腕が刀を振るってくる。ゾロはそれを横跳びで避けたが、一秒と置かず間合いを詰められた。ニヤリと笑ったラックの顔を見て「しまった」と眉をしかめる。また追い込まれた。ラックの足が何かを蹴り上げる。先ほど彼が後ろへ蹴りのけた、4本目の刀だった。
「まったく…拍子抜けだ」
 ザシュッ——避け損ねた右腕に赤い亀裂が走る。ゾロは「ウッ」と呻いて体を引いた。そこへ容赦なく襲い来る、傭兵のサーベル…。傷口が疼くのを無視して無理矢理腕を上げ、傭兵の攻撃を刀で受け流す——。
「もう少し骨のあるヤツだと思っていたが……『海賊狩り』が聞いて呆れる」
(キリがねェ…せめて周りの雑魚さえ片付けられれば…
 息をつく暇もない。傷を負ってしまっても、痛みに悶えることもできない。ゾロはギリギリと歯嚙みしながら、ラックが蹴り込んできた刀を弾き返した。
***
 同じ頃、サンジもまた、ゾロと同じ窮地に陥っていた。サンジと対峙する大男グリエは、トンファーを装備した腕で破壊的な威力の攻撃を次々に叩き込んでくる厄介者だ。さらに第2傭兵隊のちょっかいもあり、いつものようには動けない。時々避け損ねてしまった攻撃がサンジの体力をどんどん削り取っていく。体はもう限界に近かった。壁に手をついて少し息を整えたい。だが、そんな余裕があるはずもない。
「クソ——」
 悪態をついたところで、攻撃の雨はやまない。グリエのトンファーを避け、傭兵の刀を受け流し、背後からの蹴り攻撃をほとんど反射だけでかわす。死角から飛び込んできた矢に気づくのが遅れ、右頬にかすり傷を作ってしまった。
「だいぶ限界のようだな」
 グリエは息切れすらしていない。サンジはタバコをグッと噛み潰した。
「うるせェ、この脳筋クソ野郎
(…とはいえ状況は最悪だ……)
 傭兵がハンマーを振り上げて殴りかかってくる。サンジは地面を蹴って高く跳び上がった。
(相手の数が多すぎる。こっちは防戦一方だ——あのグリエって野郎には、まだ一蹴りも決まってねェ…
 グリエは無傷、疲弊も見られない。サンジだけがどんどんダメージを負っていく。この状況が続けば、おそらく、サンジの体力が底を突いてしまうだろう。
「食らえェ!!
 傭兵の棍棒を避け、そいつの頭を踏台にして輪の外へ逃げる。だが、すぐに別の傭兵が斬り掛かってきた。サンジは体を反らせて刀をかわすと、勢いに乗って何度かバック転を繰り返しながら距離を取った。
 —— が。
ぅおりゃァアア!!
「うお!!?」
 目の前に突然斧が降ってきた。フラッグだ。確かラックとかいう四刀流の男と一緒にゾロを叩いていたはずだが、いつの間にかサンジに矛先を変えてきたらしい。
 フラッグが重たそうに斧を持ち上げ、もう一度サンジめがけて振り下ろしてくる。サンジは高く跳び上がってフラッグの懐から逃げ出したが、そこにはまだ何十人と第2傭兵隊の連中が待ち構えていた。
「…こっちもかよ
 サンジはいつ誰が斬り掛かってきてもすぐ避けられるよう即座に身構えたが、傭兵はなぜかサンジよりかなり高いところにある一点を見つめたまま動かなくなった。
「?なんだ…?」
 答えはすぐに明らかになった。フラッグがあのバカでかい斧を頭上に振り上げ、サンジめがけて文字通りすっ飛んできたのである。
ギャアアアアアアア!!!
 あれに巻き込まれたらペシャンコだ。サンジは傭兵と一緒になってその場から飛び退いた。直後、ドォーン!!!ととんでもない轟音を上げながら、フラッグと斧は砂煙の向こうに消えた。
ア…アホかァァアア!! メチャクチャしやがって!!!
 サンジは一瞬前の、凄まじい勢いで迫ってくるフラッグの面を思い出して青ざめた。心臓がまだ暴れている。きっとあの煙の向こうは大きな穴ぼこが空いているに違いない。自分はルフィと違って生身の人間だ。もし逃げ後れていたら、と考えるとゾッとする。
「よそ見している暇はないぞ」
 声がした。サンジはハッと振り返る。次の瞬間、サンジはグリエの強烈な蹴りを避けるために、ふたたび傭兵達の輪の中に飛び込んでいかなければならなくなった。
(クソ…こりゃマジでやべェぞ…
 視界は血走った目で襲いかかってくる傭兵たちで埋め尽くされている。サンジは一つ一つ確実に避けていきながら、必死で考えた。どうにかこの状況を打開しなければ。だが、どうやって?避けたりかわしたり、時には受け流したりするのに精一杯で、こちらから反撃するのは不可能に近い。せめて——サンジはフラッグの斧とグリエのトンファを同時にかわしながら、タバコをギリギリと噛みしめた——せめて、もう一人、大きな戦力がいてくれれば……。
「もらった
 その時、フラッグの声が妙に響いて聞こえた。
 フラッグが斧を野球のバットのように振りかぶった——サンジはグリエの蹴りを脛で受け止め、トンファーをひらりとかわした後、フラッグの攻撃に備えてぐっと膝を曲げた。斧がギュンと風を切って飛んでくる。来る…——サンジは靴底で強く地面を蹴り、斧の上を飛び越えた。あの斧はかなりの重さだ。だからこそ、スピードは大したことはない。その一振りをかわしてしまえば、斧は床にめり込んでしばらく動けなくなる……。
 だが、サンジの読みは外れた。
 フラッグはもとからサンジが攻撃を避けることを予期していたらしい。斧は空中で急に失速し、刃が床に落ちることはなかった。フラッグは斧をもう一度高く振りかざしながら、サンジの遥か後方へと突っ込んでいく——。
「まさか……」
 サンジはギョッとして振り返った。
 ——ダメだ。その先に行かせてはならない。グリエやその他の傭兵のことなど丸きり無視して、サンジは鋭くUターンし、フラッグの後を追いかけた。
(行かせてたまるか…!そっちには——)
「え…!!?」
 ナミがポカンと声を洩らした。ウソップと身動きが取れないままのルフィも、ナミに向かって砲弾のように突っ込んでくるフラッグに気づいていた。
ギャアアアアア!!! ナミーーーーっ!!!
待てこのクソ達磨!!
 サンジは更にスピードを上げた。だが、思惑に気づくのが遅すぎた。いくら駿足のサンジでも、間に合いっこない。茫然と立ち尽くすナミめがけて、フラッグはそのバカでかい斧を思いきり振り下ろした——。
1人目、もらったァ!!!

 その時。

 ナミが背を向けていた入口から、白い手がぬっと現れた。
 黒いアームウォーマーを嵌めた、女の細腕だ。
 その女はナミの襟首を掴んで後方へ引き倒すと、代わりに自分が前へ進み出た。そして、フラッグの顎に強烈なアッパーカットをお見舞いした。
どぅフっ…!!?
 フラッグがもんどりを打って吹っ飛んだ。それも相当な距離を。ゆうに10メートルは軽く越えただろう。「ドシン…」と重そうな音を響かせ、フラッグの巨体は遠くの石畳の上に落ちた。
 誰もが唖然としていた。
 ナミやルフィ、ウソップだけじゃない、ゾロも、サンジも、2人の相手をしていた毒蜘蛛海賊団も、第2傭兵隊の兵士達も、みんな動くことを忘れてしまったかのようにぴたりと静止していた。シンと静まり返った広間に、コツン、コツン…とヒールの音が入り込んでくる。
「さて、と」
 ラビル・イーヴィはパンパンと手をはたき合わせ、余裕の表情で広間を見渡した。傭兵隊のマントは着ていない。ノースリーブの真っ黒いタイトドレス、同色のアームフォーマーに、踵の高い白いブーツ。装備はそれだけだ。武器などひとつも持っていない、完全に丸腰の状態なのに、口元に勝ち気な笑みを浮かべている。
「一気に片付けるわよ。全員まとめてゴミ箱にブチ込んでやる
***
「女傑だ…
「なんでアイツまでここに——」
「確かに閉じ込めたハズ…!!

 イーヴィの登場に、広間は騒然となった。なぜこいつが檻の外に出ているんだ——そう思って狼狽えているのがありありと分かる。イーヴィは片腕に血の滲んだ包帯を巻き付けているものの、毒や怪我の影響など微塵も感じさせず、むしろピンピンしていた。
「イーヴィちゅわァアアんっ♡♡♡」
 サンジがさっそくハートをまき散らし、下半身をくねくねさせながらイーヴィのもとへすっ飛んでいった。こちらも見た目よりはピンピンしているようだ。
「おい」
 ダグラーは玉座の肘掛けに肘をつき、気に食わなさそうな目つきでフェオドールに声をかけた。
「“女傑”は捕らえたんじゃなかったのか」
「………」
 フェオドールは苦虫を噛み潰したような顔でイーヴィを睨みつけた。
「……まァいい」ダグラーが溜息をついた。「最後にもう1度だけチャンスをやる。あのガキを殺せ
 その命に応えるように、第2傭兵隊の兵士達が一斉に飛び出した。ゾロとサンジは冷や汗を垂らしながらも身構え、ナミとウソップは抱き合って震え上がった。
 そんな中、イーヴィだけは落ち着いていた。掌に拳をパンと叩き合わせ、ごきごきと首を鳴らす。
「ナミ…とか言ったっけ、あんたはここにいて」
「は、はい……」
 この時ばかりは、ナミも素直に彼女の言葉に従った。
「もっと深刻な事態になってるんじゃないかって、ちょっと焦ってたけど…」
 イーヴィはすたすたと歩き出し、ルフィの真横で立ち止まった。そこからちらりと目線を寄越すと、状況の割に緊張感の足りないルフィとばっちり目が合った。
「……思ったよりアホな展開で安心したわ…」
「なに失敬だなお前失敬だぞ!!
 ルフィが憤慨した。
「まァ見ててよ。そんなに構えることないから」
 イーヴィはヒラヒラと手を振り、ゾロとサンジの前に立った。第2傭兵隊の面々はもうすぐそこまで迫ってきている。
「おい…」
 ゾロが片方の眉毛を吊り上げて不服そうな顔を見せたが、イーヴィは無視した。
「元海軍本部少佐、“白雷のダリア”——」
 先頭に立つ初老の男を見据え、イーヴィはスッと目を細める。その次の瞬間には、ダリアの胸にイーヴィのラリアットが決まっていた。
「少佐だったのは50年以上前の話。今はただの運動不足の退役将校——…」
 ダリアの背中が床に打ち付けられた時、イーヴィは既に次の獲物に取りかかっていた。
「現役プロボクサー、“鉄拳のアダム”」
 ヘッドギアとグローブをつけた、トランクス姿の浅黒い男。イーヴィはその短い前髪を鷲掴みにして引き寄せると、鳩尾に拳骨をドスッと叩き込んだ。
「金にものをいわせて試合を買った、実力のない八百長野郎
 アダムは一度の反撃も許されず、無様に倒れ込んだ。それを飛び越え、また次の男が襲いかかってきた。腕を振り上げると、篭手に取り付けられた鉤爪がぎらりと光る。
「“鉤爪のデフロット”、20人の無差別殺人を犯した、懸賞金970万ベリーの凶悪犯罪者——」
 イーヴィはよくサンジがやるように、靴のつま先でトントンと床を叩いた。そして、デフロットが篭手を振り下ろすよりも早く右脚を振り上げ、その凶悪そうな横面に足の甲を叩き込んだ。
「——の、兄!!
 デフロットは回転をつけて吹っ飛び、周りの何人かを巻き込んで床に倒れた。
兄ィ!!?
 ウソップとナミが声を揃えた。
「この私が本物の犯罪者なんかを雇うわけないでしょ。どいつもこいつもハッタリよ!! 大層な肩書きを剥がせば、本性はただの雑魚——あんた達だってその気になれば、片手でだって捻り潰せたはずよ
 その後も、様々な武器を手に襲いかかってくる男たちを、イーヴィはすべて一撃でやすやすと倒していった。背後に回り込んで後ろ蹴りを食らわせ、首に手刀を落とし、胸倉を掴んで別の者と衝突させ、回し蹴り、右ストレート、左フック、振り返りざまに裏拳打ち、掌底打ち、見ているこっちが痛くなりそうなボディブロー…。
「す、すげェ…」
 ウソップは顎が外れんばかりにあんぐりと口を開けていた。一つ一つの攻撃が重く、とてもドレスを着た若い女性が繰り出しているとは思えない。
「“女傑”の野郎……つ、強ェ…!!
 遠巻きに様子を見ていた毒蜘蛛の一味も、感嘆せずにはいられなかった。
「5年前とは大違いだ」
「ありえねェ……全員素手で一発KOだぜ…」
「ど、どーなってんだ…?」
「いったいどんな能力を使っていやがる…
 気づけば、第2傭兵隊はほとんどすっきり片付けられていた。意識を失った男達の山の前で、イーヴィがパンパンと手を叩き合わせている。
「…へェ」
 ゾロは興味深げにイーヴィを見た。
「なんだ、お前。なかなかやるじゃねェか」
「何よその物言い。超偉そう。不愉快」
 イーヴィはくいっと眉を吊り上げた。
「イーヴィちゅわ〜ん♡」
 サンジが体をくねくねさせ、両手を上げてすり寄ってくる。イーヴィは鬱陶しそうに目をグリグリさせた。いったいどういう芸当なのか知らないが、この男、右目とタバコの煙がハートの形をとっている。
「なんって凛々しいんだホレ直したぜ!!
勘弁して下さい
 イーヴィの口撃がクリティカルヒットサンジは広間の角で小さくうずくまった。細い背中から漂う哀愁にゾロはまたしても狼狽えながら「ドンマイ」と声をかけたが、やっぱり「うるせェ」と切り捨てられて終わった。
てめェら……のんびりおしゃべりしてる場合じゃねェぞ…?

 ズシン…と重みのある足音を轟かせ、一味の前にフラッグが立ちはだかった。手にはあの厄介な巨大斧——。
「大事な戦力をことごとく潰してくれやがって…」
「ああ、許しがたいな」
 フラッグの両隣にラックとグリエが並び出る。2人とも顔の筋がヒクヒクと引きつっているところを見ると、相当頭にきているらしい。
「………」
 キリキリと弓を引き絞る音がする。イーヴィ、ゾロ、サンジは、3人の背後に隠れている人物にゆっくりと目をやった。
「あの弓士、まだ残っていやがったか…」
 ゾロが苦々しく呟いた。近接戦闘を主とする3人にとって、巧みな飛道具使いは厄介なことこの上ない。できることなら初めに潰しておきたいところだが……。
「フッフッフッフッフ…
 戦闘態勢のまま思案していた3人の耳に、三下顔負けの安っぽい笑い声が届いた。
「「「ん?」」」
 見ると、3人の背後で仁王立ちしている長鼻が1人。何やら愉快そうな感情をかみ殺すように肩を震わせていたが、ついに堪えきれなくなって「ハーッハッハッハ」と高笑いを始めた。
「何あれ?どしたの?」イーヴィが眉をひそめた。
「知るか」ゾロが言った。
「麦わらの戦闘員諸君」ウソップは思いっきりふんぞり返り、3人を見下して高らかに言い放った。「何かお困りかね?」
「いえ…ウチもう新聞取ってるんで…」
 面倒事はご免だとばかりにそそくさと目を逸らしたイーヴィに、ウソップは目ん玉を引ん剥いて怒鳴った。「誰が新聞の押し売りだ!!
 ゴホンと咳払い一つで気を取り直し、ウソップは弓士のフェオドールを指差した。
「あの男の相手はこのおれに任せたまえ」
 「」——ゾロとサンジはわずかに目を見開いた。もしネガティブさを競う種目があったら間違いなくトップアスリートになるだろうウソップが、ポジティブな発言をしたのだ。おそらく確実に勝てる算段がついているのだろう。
「おいウソップ、いけんのか?」
 サンジがタバコの煙をフーッと吐き出しながら尋ねた。ウソップは自信満々に「もちろんだとも」と頷いてみせた。
(フッ…イーヴィのお陰で自信がついたぜ…)
 ウソップはポシェットから得物のパチンコを取り出し、珍しく勝ち気な表情でフェオドールを見据えた。
(ジムの野郎にさんざ脅かされてビビってたおれが情けねェぜ…第2傭兵隊なんてのはハッタリだらけの雑魚の集まりどうせアイツもホントはノーコンだったりするんだろ)
 そうと分かれば、何も恐れることはない。むしろここでフェオドールの相手に名乗り出ておけば、あのヤバそうな3人組との戦いに引きずり込まれずに済みそうだ。
来いノーコンフェオドール!! 貴様の相手はこのキャプテン・ウソップだァァア!!
 ——ドン
 床を踏み鳴らし、いつになく勇敢に吠え立ててみせる。フェオドールの口元がヒクッと引きつり、その矢の先がゆっくりとウソップに向けられた。
(フンかかってくるがいいさこのおれの無敵のパチンコで——)
「へェ…さすがお目が高いじゃない」
 イーヴィが感心したように声を洩らす。余裕しゃくしゃくといい気になっていたウソップは、しかし、そのあとに続いたイーヴィの一言で再び負のどん底まで突き落とされるのだった。
「フェオドールだけは“本物”だからね。きっとやりがいはあるわよ」
「 …えっ? 」