「どんぎゃあぁあああぁぁあああッ!!!」
間抜けな悲鳴と共に轟音が上がる。
とんだ詐欺だとウソップは嘆いた。嘆いたところでどうにもならないが。自慢の弓矢をたくみに使い、フェオドールは涼しい顔でウソップを追いかけ回してくる。
「どうした、“キャプテン・ウソップ”。逃げてばかりでは勝てんぞ」
「わわわわ分ーかっとるわァー!! うるせェってんだよォオ!」
ウソップはシャカシャカと手足を動かしながら怒鳴り散らした。
蹴り込まれた刀が、ゾロの皮膚を裂いて血を奪っていった。
「ゔっ…!」
思いの外深い痛みにうめき声が洩れる。気づけばゾロは追い詰められ、壁を背に立たされていた。身体のあちこちに刻まれた切り傷から絶え間なく血が流れ出ていく。まとわりつくような疲弊感は重さを増し、いよいよ無視できなくなってきた。
「期待はずれもいいとこだ」
「あ?」
聞き捨てならない言葉を吐いたラックを、ゾロは悪い目つきで睨んだ。
「噂ばかりが一人歩きし、蓋を開けてみればこのザマ。もっとおれを楽しませてくれよ。それともこれが貴様の限界か?」
「へっ…言ってくれるじゃねェか」
軽く鼻で笑い飛ばすゾロだったが、表面上とは裏腹に、腹の底は煮えたぎるようだった。
「ご要望通り、そろそろ見せてやるよ」
腕に巻いていた布を剥ぎ取り、髪を覆うように巻きつける。そして腰に差した二本の刀の鞘を払うと、ひとつをがっちりと口にくわえた。
「ああ、それが三刀流か」
「お待ちかねだろ」
不敵にニヤリと笑う。
背にしていた壁を蹴り、ゾロが飛び出した。三本の牙が、目の前の獲物の血を欲してギラリと凶暴に光った。ラックが足元の刀を蹴り出す。ゾロは首を軽く傾けて空飛ぶ“突き”をかわすと、両手の刀をつかい、体をひねるようにして斜めに切り上げた。
「ふんっ!」
ラックは二本の刀を交差させてゾロの攻撃を阻む。弾かれたゾロはその勢いを利用して一回転し、こんどは横から斬りつけた。それは片一本でいとも簡単にいなされる。
攻撃と攻撃の間の隙をついて、ラックが突きを入れてきた。それを両手で受け止めた直後、真上からもう一本の刃が振り下ろされようとしているのに気付き、ゾロは咄嗟に首をずらして、口にくわえた刀で受けた。ガチィイン!——金属が悲鳴を上げる。のしかかるような力に体が押しつぶされそうになる。ゾロは体を翻し、素早くラックから距離をとった。
同時に地面を蹴り、二人の刀が噛み合う。振りほどいて斬りつけ、いなして突く。白銀の刃が激しく点滅するように翻る。
刀を交えるたび、ゾロは体力が奪われていくのを感じていた。自分を上回る過重な腕力に圧倒されるばかりでなく、思わぬタイミングで飛び上がったり飛んできたりする二本の刀にすっかり振り回されていた。斬り合いが長引けば分が悪いのはこっちだ。なるべく早くにケリをつけなければ——。
「動きが鈍くなってるぞ。もうヘトヘトか?」
「……うるせェよ」
憎たらしい口を黙らせるように刀を振った。が、蹴り上げられた刀に阻まれる。ラックは空中に浮いたままの刀を手持ちの刀で弾き、空飛ぶ“突き”を繰り出してきた。不意打ちの攻撃を避けきれず、ゾロはギリギリで口にくわえた和道一文字をつかって軌道を変えた。
「まだまだァ!」
続けて空から降りかかってきた刀は、頭の上で刀を交差させて受け止めた。押し込んでくるような重みに歯を食いしばって耐える。それから腹部ががら空きだと気づいたが、すでに遅かった。
「ぐおッ!」
ラックの足がゾロの腹にドスッと入った。強烈な衝撃に一瞬息が詰まり、それが離れたかと思えば全身が空中に放り出されていた。景色がぐんぐん遠ざかっていく。
広間の反対側まで吹っ飛ばされたゾロは、背中で石の壁を突き破り、爆音を轟かせて隣の部屋に倒れこんだ。
パラパラと小石の散る音。
「…ってェ……」
朦朧とする意識を根性でたぐり寄せ、しびれた体に鞭打って起き上がる。視界が白くぼやけている。頭を強く振って元の世界を取り戻す——と、その途端、ラックの追撃が飛んできた。すぐさま体をひねり、地面に転がり込むようにして空飛ぶ“突き”をやり過ごす。しかし、刀を掴んで立ち上がった次の瞬間に二本の刀を構えて突っ込んできた巨体は、両手を使って受け止めなければならなかった。
「ぐっ——」
「…そろそろ佳境だな」
ラックの怪力で防御を崩される。ゾロは振り下ろされた刀を弾いて、後方へ飛び退いた。背中が壁に当たる。また追い込まれた。
(ちっ……ずっと相手のペースじゃねェか…情けねェ…!)
息が上がる。肩を上下させながら、ゾロは悔しさに歯噛みした。その苦渋に満ちた表情をたっぷりと味わいながら、ラックはゾロの前に立ち塞がり、ゆっくりと刀を引いた。
(落ち着け。焦るな。呑まれたら
「どうやらてめェは、おれの敵ではなかったようだ」
「………」
「トドメを刺して、閉幕としよう」
ビュッと風を切り裂き、突き出してくる切っ先。ゾロは瞼を下ろし、視界を一面黒に染めた——。
(てめェの呼吸を取り戻せ)
——ガチィイイン!
鋼と鋼が衝突した。
刀同士の結び目から爆発的な風が湧き、転がっていた瓦礫が吹き飛んだ。
「だから、うるせェっつってんだろ一人でペラペラペラペラ」
「…ッ!」
「たまにゃおれにも喋らせろや」
ゾロは凶悪な笑みで相手に悪寒を植え付けると、もう片方の腕に握った刀を振るい、いまいましい巨体を弾き飛ばした。
すぐに距離を詰め、追撃を叩き込む。ラックは咄嗟に刀を振るってそれを弾いたが、ゾロは怯むことなく一撃、もう一撃…とたたみかけた。目にも留まらぬ速度で入り乱れる四本の刀が鋼の閃光を放ちながらそこら中に火の粉を散らす。両者互いに譲ることなく、全力の斬り合いが続いた。
それを制したのはゾロだった。
何度か斬り結んだ挙句に、ゾロは右手に握った借り物の刀にピシリと亀裂が入ったのに気づいた。無論、ラックもそれを気取った。些細な傷に確かな勝算を見出したのだろう、ゾロが庇うように右腕を引いた瞬間、ラックは二本の刀をクロスさせ、ひび割れた刀めがけて全力で振り下ろした。
ところが、交差した敵の刃が借り物の刀を叩き折る直前——ゾロは腰を落として首をひねった。口にくわえた愛刀がうなる。
「なっ——」
『和道一文字』の直刃がひらりときらめいて、敵の刀をまとめてへし折った。そればかりか、土手っ腹に赤を一線刻み込んで見せたのである。
「うあああっ…!」
深く入った斬撃がラックを苦しめる。反撃の余地もない彼の傷口を、ゾロは体を翻し、容赦なく蹴りつけた。
巨体が宙を舞う。もんどりうって倒れこんだラックは、床の上で潰れた顔から「ヒぐァ!」と悲痛な声を洩らした。
「ふぅ」
血のついた刀身を振るい、汚れを弾き飛ばす。ラックが立ち上がろうと手をつくが、震える腕は大理石の床の上でつるつる滑り、みっともなくもがく羽目になった。ゾロはそれを冷たく見下ろしながら、ゆっくりと最後の構えをとる。心はさっきまでの焦燥が嘘のように凪いでいた。
「やっと静かになったな」
「ぐっ…、」
ラックが体を起こした。床に転がっていた三本目の刀に手を伸ばす——が、もう遅い。ゾロはぎらりと獲物を見据えて笑った。
「そろそろ佳境だ」
「……っロロノアァッ…!」
「トドメ刺して、閉幕としようや」
「 三刀流… 」
膝を落とし、刀を背に構える。折れかけの刀はおそらく次で命を落とすだろう。別れを告げるように強く柄を握り込んだ。
「 虎 」
強く地を蹴って駆け出した。風を巻き込みながら、刀を振るう。
「 狩り 」
——血が舞った。
一帯に静寂が落ちる。
カラン……とうとう刃が折れ、床に転がった。
敗者を背に立ったゾロは、ゆっくりと口から『和道一文字』を離した。腰の鞘に収めると、息絶えた借り物の刀をそっと床に横たえる。
「——終わりだ。お疲れさん」
同じ時、背後でドスン…!と重たい体が地に伏す音が響き渡った。
凄まじい勢いで叩きつけられた斧が、頑丈な石畳に巨大なクレーターを生み出した。もくもくと立ち上る砂埃の中から、華奢な黒い人影が後ろ向きに飛び出してくる。イーヴィは何事もない床の上に「タン…」と軽やかに着地すると、ドレスの裾についた微かな埃を払い落とした。
「よォ女傑!さっきまでの威勢はどこいったんだァ?防戦一方じゃねェか!」
「………」
こめかみを流れる汗を拭い去り、イーヴィは険しい表情をした。
やはり、あの武器は厄介だ。あれ相手に素手でやりあうのは、あまり賢明とは言えない。イーヴィはチラリと周囲に目を走らせ——目に留まった刀をつま先で蹴り上げてキャッチした。
「ほう。そんななまくらでこのおれの剛腕とやりあおうってのか」
イーヴィは右手で柄を、左手で柄尻を握ると、腰を落として構えた。
「……女傑軍で、一通りの武器の扱いを訓練された。あまり見くびらないでもらおうかしら」
そして、重たそうに言葉をつなげる。
「私は、強いわ」
「ほォ」
フラッグが楽しげに片方の口角を吊り上げた。強靭な筋肉を巻きつけた太腕が、巨大な斧を持ち上げて構える。瓦礫の下でルフィが唾を飲んだ。
——そして。
先手を取ってイーヴィが地を蹴った。小回りの利かない巨体の懐へ素早く入り込むと、瞬時に刀を引き、横薙ぎに振るう。フラッグは斧の柄を垂直に起こし、両手をつかってその攻撃を受け止めた。
しかし。
「ぐっ…、」
刀が斧の柄にかじりついた瞬間、フラッグは予想外の衝撃をもらいあきらかに面食らったようだった。それだけではない——噛み合ったまま刀を押し込んでくるイーヴィの力に競り負け、踏ん張った両足がずるずると後退していく。
「……てめェ…」
「あの頃の私と同じと思わないで…!」
斧と刀の接触部分から、ギチギチと火花が散る。イーヴィは力だけでなく、そのまま食い殺さんばかりの凄まじい睥睨でフラッグを威嚇した。
「すごい…!あんな細腕であの怪力のヤツを押してる……」
ナミがぽつりと感嘆の吐息を漏らした。ルフィも夢中になって眼前の戦闘に見入っている。
「すんげー!強ェなあいつ!」
「一体あの子の能力って何なの…!?」
「こっのォ…!」
「!」
フラッグは歯を食いしばり、力を振り絞って斧でイーヴィをなぎ払った。イーヴィはその力を利用して後ろへ飛び退き、着地してすぐ、第二の攻撃をしかけ始めた。
「くそォ!この化け物娘が!!」
しかし、敵もやられてばかりではいなかった。フラッグは両腕で巨大斧を持ち上げると、弾丸のように突っ込んでくるイーヴィをたたき潰すようにブンと振り落とした。すんでのところでイーヴィはかわすが、続けざまに斧で切り上げられては避けきれず、刀をぶつけて軌道をずらした。
「——うっ」
イーヴィはまずいと眉をしかめた。二度も重い斧とまともに切り結ぶはめになったなまくら刀は、とうとう刀身にひびを受け入れた。
(ちくしょう!もうダメか…!)
そう判断するや否や、イーヴィは刀を投げ捨て、斧の追撃を逃れて遠くへ飛び退いた。
「ハッ!ざまァみやがれ!あんな武器でこのおれのパワーに敵うもんか」
低い姿勢ですべるように着地したイーヴィは、ちょうど手元に転がっていた新たな武器を鷲掴みにした。
「——なら、接近せずに倒すまで!」
「!!?」
不意打ちだった。
一弾指のうちに、イーヴィは拳銃を掲げ、フラッグの眉間に狙いを定めると、迷うことなく引き金を引いた。パァン!——短い銃声が轟く。弾けるように飛び出した弾丸は、
「グぶっ!!」
イーヴィの遥か後方で潰れていたルフィの顔面ど真ん中にずぶりとめり込んだ。
「「「ええええええ!!?」」」
これには誰もがびっくり仰天。
ルフィの顔にめり込んだ弾丸は、後頭部の皮膚を限界まで引き延ばした末、びよんと跳ね返ってどこかへすっ飛んでいった。
「あーびっくりした」
「ちょっと!アンタ何やってんのよ!」
冷や汗をかくルフィをかばい、ナミがすぐさま抗議の声を上げた。イーヴィは特段焦ったようすもなく静かに二人を振り返ると、フラッグに向き直り、鋭い眦で睨みつけた。
「なるほど……それがアンタの能力ね…!」
「んなワケあるかァ!てめェが勝手に外したんだろーが!! 物理を無視したノーコンしてんじゃねェ!!」
フラッグの目玉と唇が飛び出した。
「どんな
「悪い方にか?」
「私がひとたび引き金に手をかければ、敵味方一人残らず地に伏す!人呼んで“無差別ガンナー”!」
「味方も
フラッグの突っ込みをよそに、イーヴィは駆け出した。フラッグとの距離は保ったまま、なんと横移動をしながら発砲するという上位レベルの技に出たのである。
「「ギャアアアアアア!!!」」
四方八方に銃弾が飛び交い、戦場がいっせいにパニックに陥った。ナミは瓦礫の裏に隠れ、怪我人は動けない仲間を抱えて王の間を飛び出していく。そして各自敵と対峙していた麦わらの3人もまた、無差別に襲いかかる銃弾に驚いて戦闘を中断せざるをえなくなった。
「てめェ何考えてやがんだァ!こっちきてんぞ弾ァ!!」
銃弾を刀で弾き返し、ゾロが怒鳴った。
「オイオイイーヴィちゃん!おれは君の味方だって!!」
さすがのサンジも擁護しきれない。
「ぜ……」
イーヴィは喉の奥に何かがつまったような顔をしたあと、憮然として、
「……全責任が私にあると認めるのは癪だけど事実として迷惑がかかったようなら超ごめん的な何かを感じざるをえないわ」
「「「「「スッと謝れよ!!」」」」」
麦わらの一味の総突っ込みを受けたイーヴィは、キッと恨みがましい目をフラッグにぶつけた。
「アンタの妙な能力のせいでみんなに当たるところだったじゃない!おのれこしゃくな!!」
「コイツやべェよ無自覚だよ!! 付き合ってられるか!!」
フラッグはうんざりしたように声を荒げると、足元に転がっていた小石をイーヴィめがけて蹴りこんだ。石は見事イーヴィの手首に命中し、その手から銃を弾き飛ばした。
「あっ…」
「よォお嬢ちゃん……そんなオモチャなんかじゃなくてよォ…」
ガコン……重たい音を立てて持ち上がった斧を見て、イーヴィは目を細めた。
「……直にやり合おうぜェ…!」