「1-A、比嘉崎ひいらぎ。1-A、比嘉崎ひいらぎ。命が惜しくば、10分以内に屋上へ来い」

 ツナ人質事件の翌日。嬉々としてコンビニの「特盛ヒレカツ弁当」を取り出していたひいらぎを、謎の校内放送が呼び止めた。教室中の目という目が、すべてひいらぎに向けられる。

「ひいらぎ……あんた、誰かになんかしたの…?」
「いや…特に恨みを買うようなことは……したりしなかったり」
「してんのかよ」
「なんか怖~い。大丈夫?ひいちゃん…」

 呆れ眼の花と心配そうな京子に見送られ、ひいらぎは泣く泣くヒレカツ弁当を鞄に返した。  ツナの家庭教師を名乗る世界一横暴な赤ん坊リボーンは、このところ「ツナのファミリー集め」に執心している。もともとマフィアである獄寺はもちろんのこと、スポーツ万能で人気者の山本や、ツナが密かに想いを寄せている京子の実兄・笹川了平もファミリー候補者らしい。
 しかしツナとしては、あまりごく普通の友達や先輩を、そういった『裏の世界』へ巻き込んで欲しくなかった。

「比嘉崎ひいらぎをファミリーに入れるぞ」

 ましてや一度しか喋ったことがない女の子なのに、素直に「はいそうですか」と言えるわけがない。

ダメに決まってんだろ!何考えてんだよ、リボーン!
そっ、そうですよリボーンさん!オレも反対ですよ!!

 ツナと獄寺はさっそく食ってかかった。もっとも、獄寺が反対する理由はツナのものとは大きく違っていた。獄寺は他人を変な道に巻き込みたくないというよりは、自分のライバルをこれ以上作りたくなかったのだ。
 しかし、どんな理由があれど、リボーンは一度言い出したことはかたくなに譲らない。究極の自己中だ。

「今更撤回できねーぞ。オレはもう決めたんだ」
「へぇー。いいじゃねーか」
「よくないに決まってんだろ能天気野球バカ!」

 わくわく楽しそうに笑った山本を、獄寺はキッと鋭く睨んで黙らせた。

「大体比嘉崎は女なんスよ!10代目の足をひっぱるようなヤツはファミリーに入れない方がいいに決まってます!」
「そうとは限んねーじゃねーか。女だからって見くびるのはよくねーぞ」

 リボーンは冷静沈着に言い放った。小さな口角が不敵にニヤッと弧を描く。その微妙な笑みに、ツナは何やらよからぬ気配を感じ取った。リボーンがこういう表情をする時は、たいてい不吉な出来事が絡んでいるのだ。

「それに、オレだって考えなしにファミリーをかき集めてるわけじゃねーぞ。アイツはいずれ役に立つ」
「や、役に立つって…お前こそそういう言い方すんなよ…」

 自分以外の存在は人とも思っていないのかもしれない、とツナは思った。

「リボーンさん、考え直してください!オレは認めませんよ!!」

 バン!と激しい音が響き、ツナは思わずびくりと肩を震わせた。見ると、獄寺が怒りの拳を地面に叩き付けていた。完璧に整えられた眉と眉の間には、不快さがありありと刻み込まれている。

「あんな見るからにヤワそうな女に10代目を守れるはずがありません」
「それはお前の決めることじゃねーぞ」
「まーまー、獄寺。そんなカリカリすんなよ」

 獄寺とリボーンの口論に勇敢にも割って入ったのは、困ったように笑う山本だった。

「たかがごっこ遊びじゃねーか。そんな怒ることねーだろ?」
まだ遊びだと思ってんのこの人ー!!?

 ——恐るべし、キング・オブ・天然…!

 ツナはショックのあまり硬直した。獄寺に至っては白目を剥いてしまっている。獄寺のそんな様子を見て、リボーンがまた余計な一言をぶっ放す。

「つーか獄寺、おまえアイツに惚れてたんじゃなかったのか」
そっ——なワケないじゃないスか!第一、それとこれとは話が別っ——


「なにギャーギャー騒いでんの…」


 危うく口から心臓が悲鳴を上げて飛び出していくところだった。獄寺のすぐ背後に、まったく何の前触れもなく、キラキラ光る金色の頭が現れたのだ。

ひ、ひひひひ…がさき…!!?
「あれ?沢田たちじゃん。また会ったね。カリメーラ」

 ショックで口をぱくぱくさせている獄寺を通り過ぎ、ひいらぎはツナたちにニッと笑いかけた。

「んなーっ!? なんで比嘉崎がここにー!!?」
「たったさっき呼び出しがあったんだよ。校内放送で」
「校内放送…?」ツナは首を傾げた。「って、まさか——」
「あぁ、オレが呼んだ」

 ——放送室乗っ取っちゃったー!!
 頭がガンガンした。あぁ、並中がどんどんリボーンに支配されていく…。

「ちゃおっス。待ってたぞ」

 リボーンがツナを押しのけ、ひいらぎの足下に躍り出た。(あっ、あいつ!!)ツナは慌てて自分の後ろに押し戻そうとしたが、もう手遅れだった。

「……何この小動物…」

 ひいらぎの顔に訝しげな色が浮かんだ。

「この子、沢田の弟さん?ずいぶん年の離れた兄弟がいるんだね」
「あ、こいつは——」
ツナは言い淀んだ。赤ん坊が家庭教師だなんて口が裂けても言えない。
「弟じゃねーぞ。オレはマフィアボンゴレファミリーの殺し屋リボーンだ」

もっと状況悪くしやがったー!!!

 頭を抱えたくなった。そしてそのままうずくまってしまいたかった。どうしてリボーンには少しの躊躇というものがないんだろう。
 ショックでぐらぐら揺れるツナを尻目に、ひいらぎはリボーンの前にしゃがみ込み、にこっと笑顔を浮かべた。

「へ~、そうなんだ。まだ赤ちゃんなのにカッコいいねー」
(ホッ…よかった、ウソだと思ってる)

 そうだよな。ただの「ごっこ遊び」だと思うよ。当たり前だ。何しろひいらぎはあの山本や京子の友達なのだ。それでなくたって、「マフィア」だ「殺し屋」だなんてぶっ飛んだ言葉を、そう簡単に信用するわけがない。

「つーか沢田って見かけによらず大人ね…。その年でもう裏社会に足つっこんでるんだ」
いや全然信じてるー!!!

 若干引き気味の視線を向けられ、ツナは実際に頭を抱えてしまった。(なんで!?「マフィア」とか「殺し屋」とかいう物騒な単語には、何ら疑問を抱かなかったのこの人は!?)

「おまえもボンゴレファミリーに入るんだぞ」
「へっ?」ひいらぎがきょとんとした。
「…って、おい、やめろって!リボーン!」

 ツナは慌ててひいらぎとリボーンの間に割り込んだ。これ以上この話題を続けて、ひいらぎを変な道に連れ込みたくはない。ところが、リボーンもひいらぎもツナにはまったく気がついていないようだ。

「ちなみにファミリーの10代目のボスはツナだぞ」
「えーっ!沢田がボスなの!? マジで!?」
オレはさんで会話続けんな!!

 強く地面を踏みならしたところで、ようやくひいらぎが気がついた。

「ごめんごめん…あっ、それじゃ、獄寺君と山もっちゃんもそのファミリーの一員なの?」
「そうだ。ちなみに10代目の右腕はこのオレだ」

 聞かれてもいないのに、獄寺は誇らしげにずいと進み出てきた。
(つーかまた『右腕』ー!? この人ホントこればっかりー!)——ツナは心底迷惑に思ったが、次のひいらぎの発言で、そんな考えは吹っ飛んでしまった。


「ねえねえ!私もそのボンゴレファミリーってのに入りたい!」


「「んな゛ーっ!?」」

 ひいらぎはピシィッと指先までまっすぐのばして挙手した。ツナも獄寺もショックで絶叫した。リボーンの満足げな笑みが癇に障る。ツナはとにかく考え直してもらいたくて、ひいらぎの肩をがしっとつかんで詰め寄った。

「比嘉崎!おまえ何そんな嬉しそうに引き受けてるんだよ!マフィアに勧誘されてんだぞ!」
「えーっ。何かいけない?いーじゃん、カッコいいじゃんマフィア」
カッコいいとかそーゆー問題じゃないんだって!!

 だんだん、ツナはひいらぎとは一生かかっても分かり合えない見解の相違があるような気がしてきた。マフィアが格好いいだなんて、とんでもない神経をしている。
 いよいよ疲れ果て、足元がふらついてきた頃、突然ツナの真後ろで「ドガァン!」と何かが吠え立てた。驚いて4人が振り返ると、案の定、リボーンが黒光りのする銃を空に向けていた。

「しょーがねーな。山本の時みたいに『入ファミリー試験』やるぞ」
「『入ファミリー試験』?入学試験みたいなの?」

 ひいらぎが聞き返した。リボーンはニヤッと笑みを深める。

「そうだぞ。ただ、こっちの方がハードでシビアだけどな。ちなみに不合格の場合は——」

 リボーンは焦らすようにそこで言葉を切った。ツナはごくりと固唾をのむ。以前、山本に『入ファミリー試験』を受けさせたときに、彼は確かに言っていた。不合格が意味するものは——『死』。


「不合格の場合は、罰金200円だからな」
緩和しすぎだろ!!
***
「種目は『鬼ごっこ』だ」

 拳銃の引き金に小さな指をかけ、リボーンはゆっくりと言い放った。(鬼ごっこ?それはまたシンプルな…)ツナたちはお互いに顔を見合わせ、それから肩をすくめた。

「ルールは簡単だぞ。これから昼休みが終わるまでの間、ツナ・獄寺・山本の3人から逃げ切れれば合格とする」
「な、なるほど…じゃ、オレと10代目と野球バカで比嘉崎をとっ捕まえればいいっつーワケっスね」
「あぁ。ちなみに禁止事項は特に設けねーぞ。武器の使用・泣き落とし・仮病・魔法、何でもアリアリだ」

 魔法って何ー!?

「それじゃ、ひいらぎが屋上を出て10秒たったら、3人いっせいにスタートしろ」

 リボーンが拳銃を握った右手を空高く突き上げた。
 ツナはちらりと校舎の時計を確認した——昼休みも残すところあと10分。こっちには運動神経抜群の山本と獄寺がいるし、女の子相手ならそう無理な話でもなさそうだ。
 ツナがこっそり獄寺の方を見上げると、獄寺は頼りがいのある強気な笑顔でしっかりと頷いて見せた。

「位置について。よーい…」
 ——ズガァン!!

 黒い銃口が火を噴いた。

 綺麗に磨かれた新品同様の革靴が勢いよく地面を蹴り、金色の人影が飛び出した。ひいらぎは10秒もしないうちに数十メートル先のドアにかじりつき、そのままノブをひねって、瞬く間に姿を消してしまった。

「………………」
「………………」
「………………」
思わず黙りこくる3人。
しまった!比嘉崎って陸上部だからメチャクチャ足速いじゃん!

 都合の悪いところをすっかり見落としていた。

「いきましょう10代目!挟み撃ちでとっつかまえてやりましょー!」
「う、うん…(オレ絶対追いつきっこないよ~!)」

 ——とまれかくまれ、勝負スタートである。
***
待ちやがれ陸上部!

 煙を巻き上げそうな勢いで廊下の角を曲がり、獄寺がひいらぎを追う。腰のウォレットチェーンがジャラジャラ唸る。獄寺は昨日の腑抜けな様子からは想像もつかないような気の入れようだった。単なる『鬼ごっこ』のはずだが、今の獄寺に捕まったら「罰金200円」だけでは済まされないような気さえした。獄寺の形相があまりに恐ろしすぎたので、そばを通りかかった生徒たちは、皆ギョッとして道をあけた。
 しかしひいらぎの方もなかなか好調だ。
 時折背後を振り返りながら校内を奔走し、圧倒的なスピードで徐々に獄寺を引き離しつつある。

「くっそ!やっぱ速ぇ!距離が縮まんねえ!!」
「へへーんだ。陸上部なめんな」

 ひいらぎは獄寺の方をちょっとだけ振り返って、高らかに皮肉った。ちょうど次の角に差し掛かったところだった。


「野球部もなめんなよ」


 すっと視界に影が差す。ひいらぎはハッとして急ブレーキをかけた。山本が正面の角を曲がって、目の前に飛び出してきたのだ。どうやら最初から獄寺との挟み撃ちにするつもりで、反対側から回り込んでいたようだ。

「ナイス野球バカ!オレが捕まえる!!」
「おう……って、獄寺…それは——」
「これで完ペキにしとめてやるぜ」

 嫌な予感がして振り返ると、獄寺は既に両手いっぱいのダイナマイトを構えていた。

「ちょっ、獄寺君!こんなとこでそんなもの投げたら…!」

 だいぶ遅れて獄寺に追いついたツナが、目をまん丸くひんむいて言った。こんな狭い場所でダイナマイトが爆ぜたら、ひいらぎを仕留めることはできるだろうが、97パーセントくらいの確率でツナと山本も仕留められてしまう。

「ご心配なく、10代目!絶対にあの女は逃がしません!!」
そんなこと言ってるんじゃなくってー!
 果てな! 

 そんな決め台詞と共に、獄寺はタバコの先で導火線に点火しようとした——が。

「なっ…!?」

 獄寺が息をのむ。ツナと山本は目を白黒させた。
 たったさっきまで確かに手中にあったダイナマイトが、こつ然と姿を消していたのだ。ぞっとして周囲を見回すと、ダイナマイトは獄寺の背後にバラバラに散らばって落ちていた。

「はぁ!? どーなってんだ!?」

 獄寺の声はほとんど悲鳴に近かった。必殺技を封じられ、取り乱しているのが明らかだった。ひいらぎはそんな獄寺の様子を見て、ニコニコとあのいたずらっぽい表情で笑んでいた。

「くそっ…こうなったら」

 リベンジだとばかりに、今度はさっきの2倍のダイナマイトを取り出した。そして、また『何か』が起きる前に、素早く導火線の先に点火した。

「 2倍ボム! 」

 今度こそ絶体絶命かと思われた。ツナは頭を腕で庇い、山本はただ目を丸くし、放たれたダイナマイトを凝視した。
 ところが、ひいらぎは冷静だった。バチバチと唸りを上げて降り注ぐ爆発物を静かに見据えると、何を思ったか、ゆっくりと掌を頭上にかざした。


 グラシオ 


 一瞬の出来事だった。

 一面に広がった無数のダイナマイトは、ツナがまばたきをしたほんの一瞬の隙に、ピキッと凍てついていた。唖然とする獄寺の目の前で、まったく使い物にならなくなった筒がぼろぼろと落ちていく。
 いったい何が起こったのか、ひいらぎは今何をしたのか、その場にいる3人にはまったく理解できなかった。

「見事だぞ。“黒雲の魔女”」

 静まり返った廊下の角に、小さな影が現れた。リボーンだ。銀色の星柄をちりばめた紫色のローブと、そろえの三角帽子を身にまとい、身長ほどもある木の杖をついている。

「魔…魔女?」ツナはおうむ返しに聞いた。「魔女って、魔法を使うアレ…!?」
「そうだぞ。ひいらぎはれっきとした魔術師だ」
「なっ、なっ——なぁー!!?」

 ツナも獄寺も絶句した。山本はきょとんとしている。

「そう怯えるな。ツナも獄寺も情けなさ丸出しだぞ」
「んなこと言ったって!! お前!これが落ち着いていられるかよ!」
「そうっスよリボーンさん!魔女だなんてそんなオカルトなー!」

 ツナは冷や汗だらだらで喚き散らすし、獄寺は珍しく涙目で、ツナの腕にしがみついて離れない。あげくの果てにはひいらぎに向かってブツブツとわけの分からない念仏のようなものを唱え出す始末だ。
 リボーンは非情な顔で「バカは後回しだ」と吐き捨て、ゆっくりとひいらぎに向き合った。

「お前の噂は聞いてるぞ、黒雲の魔女。6歳のときに『魔女コミュニティ』に正式登録、13歳で魔女検定3級取得」
「な、なんでそれを…!?」
 ひいらぎも心なしか青かった。
「オレはボンゴレファミリーの一流ヒットマンだからな。少し調べれば何でも分かるぞ」

 リボーンは普段大して変えない表情を、ニッと不敵に歪ませている。そのとき、ツナは唐突に、自分たちが置いてけぼりになっていることに気がついた。

「おい、リボーン!魔女コミュニティとか魔女検定とか、さっきから何言ってんだよ!ちっとも意味わかんないよ!」

 ショックで石化している獄寺を引き剥がしながら言った。リボーンはつぶらな瞳をツナに向け、小さな声で「仕方ねーな」と溜め息をついた。

「魔女コミュニティってのは、正式には『魔術師連盟』っつってな、魔力を扱う種族の集まりだ。わけあって魔法界の公的機関に顔を出せねーような連中が所属してるんだぞ。いってみれば魔法界のマフィアみてーなもんだ。
 で、『魔女検定』ってのは、その魔術師がどのレベルの呪文なら支障なく扱えるかを見定める、検定のことだ」
「はぁ?何だよそれ。全然わかんないって!」
「呪文ってのは危険だからな。相応の魔力がないと、事故につながることもある。だから『魔女コミュニティ』の人間は、魔術師の養成学校に通えないかわりに、みんなこの検定を受けて、難易度別に分類された各呪文の使用免許をとる。その制度を魔女検定というんだぞ」

い、いつもにまして意味わかんねー!)

 ただでさえリボーンの話は嘘くさいものばかりなのに、そこにファンタジックな要素が加わってしまっては、もはやツナの単純な思考回路では理解できなくなっていた。

「ちなみにコイツがもってる3級は、マフィアの世間一般ではプロ級なんだぞ」
「ええ!? よくわかんないけど、そんなすごいの!?」

 ツナは素直に驚いた。目の前の女の子が、そんな危ない人間だったなんて——。

「ち、違うよ!」

 ようやくひいらぎが喋った。両手を突き出して、首と一緒にぶんぶん振っている。(そ、そーだよな!)ツナは内心ホッと胸を撫で下ろした。(魔女なんているわけないし。どーせまたリボーンのたわごとだよ…)


「私まだまだ半人前だよ!」
否定すんのそっちー!?


 そんなオカルトな話題で謙遜してくれなくていいからー!!

「3級なんて基本的な呪文しか使えないよ。ホントのプロは準2くらいはとってないと!」
「どっちにしろ中1で3級なら将来有望だぞ。だからオレはおまえをファミリーに欲しいって言ってんだ」

 頭がガンガンしてきた。ツナは額を押さえてよろめいた。(普通の女の子だと思ってたのに…)いよいよ本気で参ってきたツナに、リボーンはさらに追い討ちをかけた。

「——この勝負、ひいらぎの圧勝だな」

 え?と聞き返す間もなく、狭い廊下にチャイムが鳴り響いた。昼休みが終わったのだ。

「きゃーっ!やった!それじゃ、私も今日からマフィア?ボンゴレの一員ってこと!?」

 ひいらぎは金切り声を上げて飛び上がった。山本が「よかったなー、比嘉崎ちん」と笑っているが、ツナや獄寺としては冗談じゃなかった。2人とも絶望的に溜め息をもらし、へなへなと力なく崩れ落ちた。

「さーわだっ!」

 頭上からすっと黒い影が差した。ひいらぎが満面の笑みを浮かべてツナの顔を覗き込んでいる。ツナはそのまばゆいばかりの笑顔を目の前にしても、純粋な疲労しかわいてこなかった。

「実はね、私、持田センパイとの一件以来、あんたのこと『ダメツナ』なんて思わなくなったんだよ」
「え…?(あぁ、剣道部主将の…)」
「きょんきょんも言ってたでしょ。沢田はきっとただ者じゃないって分かってたんだ」

 入ファミリー試験をパスしたことでテンションが上がっているのか、ひいらぎの視線はやけに熱っぽかった。それがどうも居心地が悪く、ツナは目で獄寺に助けを求めた。

 ——が…。

「さすが3級魔女!話が分かるじゃねーか!」
「あはは。やっぱり?よく言われるー」
通じ合っちゃったよ!!

 ツナのつっこみはもはや誰も聞いてもいない空しいものになっていた。

「10代目はな、敵として近づいたオレの命を、身を挺して救ってくれたんだ」
「ふぅん…あ、沢田が次期ボスってことは…獄寺君は沢田の部下?」
「決まってんだろ!オレはあの日以来、10代目の右腕として、沢田さんにこの命をお預けしたんだ!」
「へぇ~、そっかぁ…」

 ひいらぎは顎に手を添えて、少し考え込むようなそぶりを見せた。ツナの胸になにやら嫌な予感が浮かぶ。

「よっしゃ!じゃー獄寺君が右腕なら、私は沢田の左腕になろう!!」
意味わかんねー!!!

 ツナは衝動的に、ひいらぎの頭を切り開いて、思考回路がどういうことになっちゃっているのか調べたくなった。そもそも、右腕だ何だは部下が決めることではなくて、ボスが決めることなのでは…。
 あきれ果てたツナの目の前に、ひいらぎがまた迫ってきた。目がキラキラしている。獄寺のときと同じ目だ。

「ね~、いいでしょ沢田ーっ!魔女って結構便利なんだぞ!」
「え、えぇ~っ…困るよ……オレ、マフィアのボスになるつもりなんかないし…普通の友達じゃ——」
「なに言ってんの。ダメでしょ」

 ひいらぎはあきれ顔でぴしゃりと言った。まるでツナが変なわがままを言い出したような顔だった。(もう何を言ってもムダかもしれない…)ツナが途方に暮れていると、獄寺が急にひいらぎの肩に手を回し、ツナに詰め寄ってきた。乱暴な所作だったので、ひいらぎからドッと殴られたような音がした。

「10代目!オレこいつ気に入りましたよ。まさに10代目の左腕にふさわしい女です!」
「ちょっ、獄寺君まで!」

 八方塞がりだ。

「よかったじゃねーか、ツナ。かわいい子分が2人もできて」
「あのなぁ!」

 ツナは声を荒げて反論しかけたが、すぐに口をつぐんだ。リボーンには何を言ったって聞いてくれやしない。

「諦めろ、ツナ」

 がっくり項垂れた肩にぽんと手を置いて、リボーンは慰めの目を——実際には違ったのだろうが、少なくともリボーンはそう見えるように取り繕っていた——向けてきた。

「獄寺もひいらぎに惚れちまったみてーだしな。部下の恋を応援すると思え」
「だっ——オレは部下なんかいらないって言ってるだろー!

 何はともあれ、ひいらぎはこうして無事『入ファミリー試験』を突破し、ボンゴレ入りを果たしたのだ。
***
 余談ではあるが、キング・オブ・天然の山本がこの件をどう解釈したかというと…。

「しかし、すごかったよなーさっきの」
「ん?」
「比嘉崎ちんってあんなすげー手品できたんだな!」

山本さっきの手品だと思ってるー!!

 山本の思考回路もじゅうぶんファンタジックだと確信したツナだった。