緑化委員の3年生が集団サボタージュをした。
 それも、よりによって朝一番の委員会議のある日に。 (ったく、なんで私まで…)

 比嘉崎ひいらぎはコの字型に並べられたテーブルの片隅に頬杖をつき、仏頂面で壁掛け時計を睨みつけていた。手元には、「緑化委員」と書かれた三角ネームプレートが無造作に置かれている。

 実は、同じ緑化委員の委員長をはじめとした3年生が、今日に限って全員欠席しているらしいのだ。そこでたまたま運悪く朝練の予定があったひいらぎは、登校するや否や2年生に身柄を拘束され、「委員長代理として会議に出るか・今後毎日上履きに画鋲を撒かれるか」と脅迫じみた2択を迫られた。
 土踏まずに大量の穴をあけるのはご免被りたく、渋々前者を引き受けたのだが、すぐに選択を誤ったと後悔した。なぜなら2年生はひいらぎが断る可能性を考慮し、すでに3人の1年生に声をかけていたらしい。会議室の前で鉢合わせした緑化委員たちは、「誰が出ようか」と長々話し合った挙げ句、「じゃあ全員で出よう」というまさかの結論を出したのである。名案だとばかりに盛り上がった3人だが、彼らには是非「なんでやねん」という言葉を贈りたい。

(つーか、せめて部活ある人は解放してちょーだいよ)

 陸上部の朝練のために睡眠時間を削ってまで早起きしたつもりがこれだ。今朝は忙しくてテレビをつける暇はなかったが、きっと今日の蠍座は最下位なんだろうと思った。

(会議参加してないヤツもいるしさ~…)

 ひいらぎは溜め息まじりに窓際を一瞥した。柔らかそうな黒髪の男子学生が一人、開きっぱなしの窓枠にゆったりと腰掛けて、ぼんやりと外の景色を眺めている。会議の内容にはまるで興味がないようだ。
 そんなに億劫なら、いっそ出て行って欲しかった。ああいう輩を見ると、元々ないやる気が一層殺げてしまう。

「プリントにあるように、これが2学期の委員会の部屋割りです」

 不意に聞こえてきた進行役の声に、ひいらぎはふっと我に返った。配布された手元のプリントを、4人で窮屈そうに覗き込む。緑化委員の活動場所に割り当てられたのは、旧校舎の小さな空き教室だった。他の委員の欄も確認してみたが、どこも似たような場所ばかりだ。しかし、その中で一つだけ気になる欄があった。

「えーっ、何コレ!? 応接室使う委員会ある。ずるい!どこよ!」

 向かいの席の女子生徒が叫んだ。それはまさにひいらぎが抱いた疑念と同じものだった。
 応接される機会があるわけもないので、ひいらぎはまだ一度もそこを訪ねたことはなかったが、噂を聞く限り、応接室は並中の敷地内で最も広く、最も豪華な部屋だそうだ。ほとんどの委員会がみすぼらしい空き教室を使わなければならない中、一つだけそんな部屋を使える委員会があるなんて、確かに不公平な話である。

 ところが、他の先輩たちはそうは思わなかったようだ。

風紀委員だぞ!
「はっ!」

 小声でたしなめられると、彼女は失言だったとばかりに自分の口を覆った。その時、今までずっと窓の向こうを見つめていた男子学生が、急にこちらを振り向いた。
 鋭く、冷たい目をしていた。腕に『風紀委員』の赤い腕章をつけている。

「何か問題でもある?」

 ひやっとするような低い声だった。女子学生はビクッと肩を震わせ、青白い顔をして勢いよく立ち上がった。

いえ!ありません!すっ、すいませんヒバリさん!!

 深々と頭を下げる女子学生に、ひいらぎは眉をひそめた。似たような仕事柄の自分が言うのもなんだが、まるで借金取りやヤクザかなにかを相手にしているような怯えようだ。

「じゃー、続けてよ」

 風紀委員の男の子が言った。口元に嫌な笑みを浮かべている。
 ——しかし…。

「でもおかしくね?応接室を委員会で使うってのは」
「のっちもそう思う?」
「インボー感じちゃうよ」

 ひいらぎは目をぐりぐりさせて短く溜め息を切った。生意気に異議申し立てをしたのは、緑化委員の3人組だった。

「君達は仲良し委員会?」
風紀委員は横目でスッとひいらぎ達をとらえた。
「代表は各委員会一人のはずだけど…」

ぞくりと殺気じみた気配を感じ、ひいらぎは固唾をのんだ。

 ——次の瞬間、そこから風紀委員長の姿は消えていた。そして、のっちの姿も。まばたきをひとつ終えるか終えないかくらいの、ほんの一瞬の隙に。
 ひいらぎがようやく風紀委員長の気配を探り当てて振り返ったときには、のっちはひどい咳と一緒に血反吐を噴き出し、背中から会議室の壁に叩き付けられていた。

「のっ…のっち!? マジ!?」

 愕然とするひいらぎの目の前を、銀色の霞が掠っていった。それはひいらぎのすぐ隣にいた別の男子学生を殴り飛ばした。男子学生は机を盛大にひっくり返して、轟音を上げて床に崩れ落ちた。

「長谷部!大丈——」

 また銀色の影が迫ってきた。今度はひいらぎを狙っている。ひいらぎは言葉を切って椅子から飛び退いた。間一髪、ヒュッと空を切る音を残し、ひいらぎの髪の毛の先を何かがかすめていった。
 そこでようやく霞の正体が分かった。さっきの風紀委員の男の子が華奢な両手にトンファーを握りしめている。のっちも長谷部も、あれを使った強烈な一撃でノックアウトさせられたに違いない。

(何なの…こいつ…!!)

 ひいらぎはぐっと下唇を噛み締めて身構えた。男の子はトンファーをヒュンヒュン回しながら、勝ち誇ったような表情で緑化委員の生き残りを見下ろした。

「会議の進行に代表は1人いればいいからね。君達2人には選択肢をあげるよ」
「選択肢…?」
「そこの女子と、そこの男子。どっちかが残って、どっちかは僕に咬み殺される。いい案だろ?」
どこがだーっ!

 ひいらぎには恐怖しか感じられなかった。この男には抗えないと、本能がそう告げている。

 唇まで真っ白になって、2人は顔を見合わせた。常識で考えれば、ここは男子が盾となり、女子であるひいらぎが残るべきだろう。彼には申し訳ないが、少なくともひいらぎはそうする気満々だった。あのトンファーの攻撃を一つでも食らったら、意識を保っていられる自信はない。

「お、オレが——」短い沈黙のあと、男子学生が意を決して声を張った。「——残ります!
「は、はぁー!?

 ひいらぎは愕然とした。男子はあからさまに視線を逸らす。風紀委員の鋭い目が、嬉しそうにひいらぎをとらえた。

「そう。じゃあ、君が僕の獲物だ」
「えっ!ちょ、待っ…」
「ちょうど退屈してたとこなんだ。少しは楽しませてくれるよね」

 風紀委員の手がスッと伸びてきた。ひいらぎは後退りしようとしたが、その踵がガツンと何かにぶつかる。すぐ後ろは壁だった。もう逃げ場はない。先輩達が合掌しているのが、風紀委員の肩越しに見えた。

「風間!あんたは絶対呪ってやる!!」

 それがひいらぎの遺言となった。
 素早く伸びてきた手が前髪を鷲掴みにし、そのまま容赦なく床に叩き伏せる。息の詰まるような痛みがひいらぎを襲う。しかし風紀委員長は悶える間も与えず、彼女の肩を掴んで仰向けに返し、その腹の上に馬乗りになった。そして、ギラギラ光る彼のトンファーを高々と振り上げ——。

「捕獲」
……!!


 ——ほら、思った通り。今日の蠍座は最下位だ。


「雲雀恭弥か。面白ぇーな」
***
「もー秋か~」

 昼休み、屋上でいつものメンバーと食後の一服を楽しみながら、ツナは気の抜ける声を吐き出した。つい先日まではうだるような暑さに堪えつつ夏休みを満喫していたというのに、時が流れるのは早いもの。そろそろ日中の気温も徐々に降下し始める頃だ。

「夏休みもあっという間に終わって何かさみしーなー」
「補習ばっかだったしな」
「アホ牛がブドウブドウって最近ウザくねースか?」

 秋といえばブドウの季節。ブドウはランボの大好物。しかし獄寺はランボが大嫌いなのである。銜えた煙草に火をつけながら、彼は心底不機嫌そうに愚痴を洩らした。
 ——と、そこへ…。

「栗もうまいぞ」

 どこからともなくいが栗が飛んで来て、薄着のツナの背中にグサグサと突き刺さった。「いだ!いだだ!!」——思わず涙がにじむ。こんな猟奇的なことをする人物に心当たりは1人しかいない。

「リボーンだな!——い゛っ」

 確信をこめていが栗のとんで来た方を振り返ると、何か長くてチクチク尖ったものが二の腕あたりに突き刺さった。

「ちゃおっス」
いたいいたい刺さってるー!!」

 本日のリボーンは、いがの外皮に身を包み、巨大な栗のコスプレをしていた。

「これは秋の隠密用カモフラージュスーツだ」
100人が100人振り返るぞ!」
 ごもっともである。
だいたい学校に出没するなって言ってんだろ!

 怒り心頭のツナを尻目に、リボーンはいがをするすると脱ぎ捨て、お馴染みの中折れ帽をキュッと頭にはめた。
 ——全く!リボーンのやつ、何言っても聞きやしないんだから…。
 ツナがブスーッとしかめっ面をしていると、身だしなみを整え終えたリボーンは顔を上げてニッと笑った。

「ファミリーのアジトを作るぞ」
はぁ!?

 また突拍子もないことを——ツナは思い切り顔をしかめたが、山本はどうやら乗り気のようだ。

「へー。面白そうだな。秘密基地か」
子供かおめーは!

 獄寺は山本に向かってがなり立てると、かなり強気な笑みを浮かべてリボーンに向き直った。

「アジトいーじゃないスか!ファミリーにアジトは絶対必要っスよ!」
「ちょっ、まっ——」
「決まりだな」

 獄寺の賛同も得られ、リボーンは満足げに大きく頷いた。だがツナからしてみればいい迷惑である――冗談じゃないよーっ。マフィアっぽくアジトなんて!

「どこに作るんだ?裏山か?」
なわけねーだろ!!

 ——山本は完全に『ごっこ遊び』扱いだ。

「学校の応接室だ」
 リボーンの発した意外な答えに、一同は思わず目を見張る——応接室に、マフィアのアジト…?
「応接室はほとんど使われてねーんだ。家具も見晴らしもいいし、立地条件は最高だぞ」

 獄寺と山本は「なるほど」と立ち上がり、狼狽するツナを置いて歩き出した。

「まずは机の配置換えからだな」
「オレ10代目から見て右手の席な。比嘉崎が左だ」
(まっ、まじで~!!?)
***
 全身がズキズキ痛む。頭がガンガンする。手足が鉛のように重い。ひいらぎはゆっくりと瞼を押し上げた。馴染みのない純白が視界に飛び込んで来る。
 ——あれ…?何、ここ。
 軋む体に差し支えないようそっと上体を起こすと、そこは医務室のベッドだと分かった。白い天井に、白い囲みカーテン、そして肌には白い包帯やガーゼ。しつこいくらいの白が自分を取り巻いている。

「そーだ……私…風紀委員長にボコられて…」

 頭部に残る鈍痛と共に、数時間前の記憶が蘇って来る。思い出せば思い出すほど苛々が募る。まったく、なんて男なんだ、あいつは!あんな理不尽な暴力信じられない…。
 ——ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ…。
 ベッドの脇から何かの震える音が聞こえた。このリズムには馴染みがある。ひいらぎの携帯のバイブ音だ。薄い布団をめくって床に降り、足元に置かれていた通学鞄を漁る。そのうちにバイブ音は止まった。この長さからして、着信したのは電話ではなくメールだ。
 案の定、探し当てた携帯電話を開くと、待ち受け画面には『新着メール1件』と表示されていた。
 送り主は先日仲間になったばかりの男子——獄寺隼人だ。

「ご、獄寺君だ…!」

 胸が高鳴る。彼からメールをもらったのはこれが初めてだった。
 急いで受信フォルダを開き、新着メッセージを表示させる。すると、ひいらぎの顔色は瞬く間に消え失せた。

『ファミリーのアジトを作ることになった。
 3年校舎の応接室だ。
 昼休みが終わるまでに来い』

 ——えーっ、何コレ!? 応接室使う委員会ある。ずるい!どこよ!
 ——風紀委員だぞ!
 ——はっ!
 ——ちょうど退屈してたところなんだ。少しは楽しませてくれるよね。


 まずい。応接室には『あいつ』がいる…!獄寺や山本の喧嘩の強さは知っているが、さすがにあいつが相手じゃどうにもならない。ひいらぎの脳裏を最悪の事態がちらりとかすめた。振り返って壁掛け時計を確認する——まだ昼休みが終わるまで15分ほどある。

「た、たすけに行かなきゃ…!」
***
 3年校舎の上から2番目の階に、目当ての場所はどっかりと腰を据えていた。白塗りの壁から『応接室』と書かれたプレートが突き出ている。山本は「へ~」と感心したように呟きながら、ちょっぴり豪華なドアノブに一分の遠慮もなく手をかけた。

「こんないい部屋があるとはねー」

 室内はまた一段と贅沢だ。見るからに高級そうな革張りのソファ、それに見劣りしない上質な家具の数々、そして背の高い観葉植物。棚にはトロフィーや楯がズラリと並んでいる。
 しかしドアを開けた瞬間、山本はそういった豪勢な家具よりも気になる存在を見つけて硬直した。

「君、誰?」

 そう訊いたのは山本ではない。この部屋にいた先客から告げられた問いである。
 中央に置かれたソファの背もたれに、黒髪の男子学生がゆったりと寄りかかっていた。鋭く、しかしどこか気だるそうな目。あの顔には見覚えがある…。(こいつは…)山本は珍しく顔を曇らせた。

 ——風紀委員長でありながら不良の頂点に君臨する、ヒバリこと雲雀恭弥…!!!

「なんだ、あいつ?」
「獄寺、待て…」

 ふわりと煙のにおいを漂わせ、獄寺が後ろからガンをつけた。そんな彼のくわえタバコに、雲雀の鋭い目が止まる。

「風紀委員長の前ではタバコ消してくれる?ま、どちらにせよただでは帰さないけど」
!! んだと、てめー

 いとも簡単に挑発され、獄寺は山本を押しのけて食ってかかった。


「 消せ 」


 ビュっ、と風を切ったような音。
 獄寺の銜えていたタバコが、真っ二つに切り裂かれた。

「なんだこいつ!!」

 獄寺はタバコの残った部分をぱっと吐き出し、その後は素早い身のこなしで雲雀との距離を取った。
 山本はやっぱりかと固唾を呑む。以前、どこかで噂に聞いたことがあったのだ――この雲雀恭弥という男は、気に入らない奴がいると、相手が誰だろうと問答無用で、仕込みトンファーでめった打ちにする…と。
 そしてその噂通り、雲雀の手にはいつの間にか銀色に光る仰々しい得物が握られている。

「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いだ。視界に入ると——咬み殺したくなる」

(こいつ…)
(やっかいなのにつかまったぞ…)

 獄寺も山本も、柄にもなく顔を引きつらせた。そんな二人の脇をすり抜けて、危険な事態とも知らずに応接室へ潜り込んでいく姿が一つ……。

「へー。はじめて入るよ、応接室なんて」
まてツナ!!

 山本が慌てて声を張り上げた——「え?」――事情を全く知らないツナはきょとんとして山本を振り返る。そして一秒の間も置くことなく、彼は素早く差し迫ったトンファーの餌食となってしまった。

「 1匹 」

 小柄な体は衝撃に絶えきれず吹き飛ばされる。

のやろぉ!! ぶっ殺す!!

 鬼のような剣幕でダイナマイトを2本取り出し、獄寺が床を蹴って立ち向かって行った。しかし雲雀はその突進からふわりと身をかわすと、彼の後頭部に軽く手を置き、もう一方の手でしたたかにトンファーを振るった。
 強烈な打撃を諸に鼻っ面へ食らい、獄寺は血を散らしながら崩れ落ちる。

「 2匹 」

 これには流石の山本もへらへらとしていられなくなった。

てめぇ…!!!

 雲雀は次の獲物に狙いを定め、トンファーを構えるとすぐに飛び掛ってきた。次々と繰り出される攻撃を、山本は後退しながら身軽にかわしていく――つもりだった。

「ケガでもしたのかい?右手をかばってるな」

 的を射た鋭い言葉に山本はギクリと目を強張らせた。その瞬間、雲雀の目がチャンスだとばかりにギラリと光り、彼は左足を軸に山本の腹に強烈な横蹴りを決めた。

「当たり」

 山本は後ろに真っ直ぐ吹き飛ばされ、窓際に力なく崩れ落ちた。「3匹」――グッタリと動かなくった山本を冷ややかな目で見下ろし、雲雀は冷酷に吐き捨てた。
 気を失った山本と入れ替わりになって、ツナが意識を取り戻す。

「あー、いつつつ……」

 ヒリヒリする頬をこわごわさする。鉄棒で思い切り殴られたせいで、顔は真っ赤に腫れ上がっていた。そしてゆっくりと顔を上げ——ツナは自分の両脇で気を失っている獄寺と山本に気がついた。

「ごっ、獄寺君!! 山本!! なっ、なんで!!?」
「起きないよ。2人にはそういう攻撃をしたからね」

「え゛っ」――雲雀の発言にツナはサーッと青ざめる。
 ——それって……つまり……この人1人で2人を倒しちゃったってことー!!?
 そっ、そんなことがあってたまるか!——ツナはぶんぶんと首を振った――獄寺君も山本もたった2人で不良の集団をボコボコにしちゃうほど強いんだぞ!?

「ゆっくりしていきなよ。救急車は呼んであげるから」
「ちょっ、それって――」


え゛ーっ、メチャクチャピンチー!!?


 ——そんなーっ、なんでこんなことになってんのー!? ただみんなで応接室に来ただけなのにー!!!
 心中の混乱を忠実に表したように間抜けな顔をして佇んでいると、ふいに窓の外から「キリキリ…」という奇妙な音が聞こえてきた。
 リボーンが、ツナの眉間に銃口を向けている――その瞬間、ツナは別の意味でピンチに陥ったことを悟った。

んなー!!?
「死ね」

 ツナの絶叫などまるで無視して、リボーンは引き金を引いた。黒光りする銃口が炸裂して、「あっ」と思った頃にはもう、ツナは額に『死ぬ気弾』を食らっていた。


うおぉおぉっ、死ぬ気でおまえを倒す!!!!


 ツナは死体の皮を脱ぎ捨て、額にオレンジ色の炎を点して復活した。そして立ち上がりざま、恐怖心のひとかけらも持たずにまっすぐ雲雀へと殴りかかっていく。

「何それ?ギャグ?」

 一発目は避けられ、その上トンファーでバキッと顎を突き上げられた。ツナの体はその衝撃に耐え切れずふんぞり返り、背中からドッと床に倒れこんでしまう――雲雀はふっと口元を緩めた。

「アゴ割れちゃったかな――さーて、あとの2人も救急車にのせてもらえるぐらいグチャグチャにしなくちゃね」

 そう呟いてくるりと背を向けた時だった――背後でゆらりとツナが体を起こしたのは。
 雲雀が振り向いたその刹那、激烈走る凄まじい勢いの拳が空を切り、雲雀の頬を殴りつけた。その途端、雲雀の顔から一切の表情が消える。

まだまだぁ!!

 ツナの怒涛の叫びに応じるかのように、レオンがリボーンの肩からぴょーんと飛び出して来た。長い尾をパシッと掴まえると、レオンは手の中で形態変化を始め、まもなく緑色のトイレ用スリッパに変化した。

タワケが!!!

 ふらついていたところを思いっきりスリッパではたく。パカァンと小気味いい音が響き渡り、雲雀はその勢いに負けてフラッとよたついた。

「ねぇ……」雲雀がゆっくりと目を上げる——「 殺していい? 


「そこまでだ」


 ――と、そこでやっとリボーンの制止の声がかかった。

「やっぱつえーなおまえ」
「君が何者かは知らないけど、僕今イラついてるんだ。横になってまっててくれる」

 雲雀はトンファーをギュンギュン振り回し、理不尽な攻撃をリボーンへ向ける。キィーン!――甲高い音を響かせ、彼のトンファーはリボーンの取り出した警棒に受け止められた。

「ワオ。すばらしいね君」
「オレの生徒をよくここまでかわいがってくれたな――でも、残念だがそろそろおひらきだぞ」
「知ったことじゃないよ。僕は群れる草食動物を見てると咬み殺したくなる性分で——」

 そこで、雲雀の言葉は不自然に途切れた。
 リボーンの腰掛けていた窓枠にほっそりとした手がかかり、次いで金髪の少女がふわりと下から跳び上がってきたのだ。スミレ色の瞳が静かに雲雀を見据える――雲雀はその目に釘付けになった。今朝、彼が咬み殺した女子学生だ。

「まるで獣ね。なら私は、その獰猛な獣をほふる魔女よ」

 冷たく吐き捨て、ひいらぎは応接室内に向かってパッと掌を突き出した。


 ドォーン!!


 黒々とした煙が爆風に煽られて窓から噴き出し、白塗りの校舎がバリバリと恐怖したように震えた。
***
なぁ——あいつにわざと会わせたぁ!!?

 大爆発に紛れて逃げ込んだ屋上に、ツナの絶叫が響き渡った。さらりと爆弾発言を発したリボーンは、飄々とした様子でコクリと小さく頷いてみせる。

「キケンな賭けだったけどな。打撲とスリ傷ですんだのはラッキーだったぞ」
「はぁっ。何だよそれ?」
「お前達が平和ボケしないための実戦トレーニングだぞ。鍛えるには実戦が一番だからな」
「なっ、何言ってんだよー!!」

 ツナは猛抗議した。獄寺は「ちくしょー、あんなやつに…」と相当悔しそうな舌打ちを洩らしている。

「まったくもー、獄寺君からのメール見てびっくりしたよ。あのヒバリって先輩の強さは半端じゃないんだからね!」

 ひいらぎは腕組みをしてやれやれと首を振る。ツナはそこで初めて、彼女が全身包帯やキズバンだらけになっていることに気がついた。

「あれ…?比嘉崎、どうしたのそのケガ…」
「……委員会議で…ちょっと…」
「は??」

 不審に思い詰め寄るツナだったが、ひいらぎは頑として詳細を語ろうとはしなかった。