「
“極限必勝!!!”」
ボクシング部主将・笹川了平、今日も燃えたぎってます。
標的004:体育祭 パート1
「
これが明日の体育祭での我がA組のスローガンだ!! 勝たなければ意味はない!!」
拳を振りかざし、声の限り叫ぶ了平。それに応えるように、何人かの男子生徒が猛々しい雄叫びを返す。すさまじい気迫だ。まるでこれから戦にでも赴きそうな勢いだ。
「そっかー。体育祭のチームは縦割りだから、京子ちゃんのお兄さんと同じチームなんだ」
京子の実兄・笹川了平は一学年上のA組だ。
それにしても——。
「お兄さん、今日も暑いな~…」
ツナはそっと笹川京子の様子を窺ってみた――京子はひいらぎを挟んで一つ向こうの席に座っている。いつもの笑顔はどこへやら、教壇に立つ兄をハラハラと見守っている。
——京子ちゃん、お兄ちゃんを心配そうに見てる。かわいいな~。
思わず口元が緩んだ。最初は「似ても似つかない兄妹だ」とドン引きしたものだが、今となってはそんなこと気にもならなくなった。いつもキラキラ笑顔の京子にあんな顔を見せられてしまうと、なんだかキュンキュンしてしまう。
「さーわだっ」
愛らしい姿にぼうっと見入っていると、不意に声をかけられた。声の主は京子の手前に座っていたひいらぎだ。ツナはだらけきった顔を慌てて引き締め、急いでひいらぎの方を向いた。
ひいらぎは悪戯っぽく笑うと、人差し指をツナにむけ、くるりとなにかを描いて京子の方へと繋げた。ツナは不可解そうに眉根を寄せる。そこで、ひいらぎは空中に向かって「ふぅっ」と息を吹きかけた。すると先ほど描いたその『なにか』が淡く光るピンク色の線として浮かび上がった。くりっとした、まるっこい……ハート…。
「
な゛っ…!!」
——
なんかファンタジックにからかわれたー!!
ツナはショックと羞恥で変な声を洩らしてしまった。ひいらぎは花が何事かと振り返る前に、クスクス笑いながら魔法のハートを掻き消した。
「なぁ。比嘉崎ちん、なんだって?」
一番左端に座っていた山本が身を乗り出してきた。ちょうどツナの陰になって見えていなかったようだ。ツナは不自然なほど激しくブンブン首を振り、「
ななななんでもないよ!」と平静を装った。いそいそと前に向き直る。すると、驚いたことに、了平はまだ熱血演説の真っ最中だった。
(よくやるな~…)
ほとほと呆れてしまう。もっとも、彼が京子の実兄であるかぎり、ツナには決して口に出せないが…。
「うぜーっスよね。あのボクシング野郎」
獄寺には出せるようだ。
「
んなっ」
ツナは髪の付け根まで真っ青になった。当人の身内がすぐそこに座っているというのに、よくもそんな堂々とした声量で悪口を言えたものである。山本が「まーまー」と苦笑まじりになだめるが、獄寺は口を閉ざさない。
「フツーにしゃべれっての。ったく!」
「ちょっ、獄寺君!! 京子ちゃんに聞こえちゃうよ!!」
ツナは金魚のように口をパクパクさせ無声でたしなめようとしたが、獄寺は了平を睨みつけるのに大忙しで、気づきそうもなかった。
前半のほとんど無駄な熱血スピーチを延々30分ほど聞き流したあと、会議はようやく本題に入った。もうB組もC組も解散している頃だろう。壁掛け時計を見て溜息をつく生徒が増えてきたが、了平は構わず話し合いを進めていく。
「今年も組の勝敗をにぎるのはやはり『棒倒し』だ」
「ボータオシ?」
獄寺がきょとんと聞き返した。日本の学生にとっては定番の競技でも、イタリアから転入してきたばかりの獄寺にはピンとこなかったらしい。
「男子の目玉競技」ひいらぎがツナの隣から答えた。「女子は騎馬戦、男子は棒倒しって決まってるらしいよ」
「どーせ1年は腕力のある2・3年の引き立て役だよ」とツナが口添えした。
「例年、組の代表を棒倒しの“総大将”にするならわしだ。つまりオレがやるべきだ。
だがオレは辞退する!!!」
「
え゛!!?」
意外な展開に誰もが耳を疑い、囁くようなざわめきがさざなみのように教室中に広がっていった。あの了平なら絶対に『総大将』の響きに惹かれて進んで立候補するだろうに、そんな彼が辞退を公言したのだ。いったい、どういう風の吹き回しなのだろう…。
「
オレは大将であるより、兵士として戦いたいんだー!!!」
(
単なるわがままだーっ)
思いっきりしらけた。上級生の中には呆れ果てて白目を剥いてしまっている者もいる。ひいらぎの隣で、京子が顔を赤らめますます小さくなった。「も~、お兄ちゃんったら…」という心の声が今にも聞こえてきそうだ。そんな一同をよそに、了平はなおも言葉を続けた。
「だが心配はいらん。オレより総大将にふさわしい男を用意してある」
「えっ?」
教室中がふたたびざわついた。笹川以上に総大将にふさわしい男だって?了平は皆の期待の視線を振り払うように、威勢良く教室の後方を指差した…。
「
1のA沢田ツナだ!!」
どっとどよめきが馳せていく。ツナの「へ?」という間抜けな声が不自然に響いた。
「
おおおっ」
山本が歓声を上げた。獄寺とひいらぎも興奮してガッツポーズを取っている。
「
10代目のすごさをわかってんじゃねーかボクシング野郎!」
「確かにーっ。今こそツナのマジモードを活かすときだよ!」
「は?えっ、なんで!」
ありえない展開にツナは目を白黒させた。しかし了平はツナの意志などまるで無視だ。
「
賛成のものは手をあげてくれ!過半数の挙手で決定とする!!」
獄寺、山本、ひいらぎが真っ先に手を挙げた。指先までピンと伸ばして、今にも椅子から立ち上がりそうだ。まるで誰が一番高いか競い合っているようだった。ツナはあたふたしたが、幸運なことに、了平の案に乗ったのは両隣の3人だけだったようだ。
「1年にゃムリだろ」
「オレ反対~」
「負けたくないもんねえ」
「つーか冗談だろ?」
上級生の陰口が聞こえてくる。「だよね」——ツナはホッと安堵の息をついた。が。
「
手をあげんか!!!」
了平が怒鳴った。
(
命令だー!!!)
「
ウチのクラスに反対の奴なんていねーよな」
獄寺は挙手したまま、後列の机にダァンッと足をついて脅迫した。
「おい、おまえっ」
山本がたしなめるものの、獄寺は聞いちゃいない。(こえ~っ)——鬼のような形相に恐れを成した1年生たちは、病的に青ざめた顔でそーっと手を挙げた。
「獄寺君の意見に賛成ー!!」
「サンセー!!」
女子は女子で、キャーキャー黄色い声を上げながら、何の躊躇もなく手を挙げる。彼女たちに自分の意見というものはないのだろうか。ツナは呆れたが、よく見るとそのほとんどが『獄寺君ファンクラブ』に入会している面子だった。これで1年生はツナ以外の全員が手を挙げてしまった。だが、それでもまだ三分の一にすぎない。
そう安心しかけたツナだったが、甘かった。
「
インペリウム 」
「
うわっ、なんだ!? 手が勝手にー!!」
「
比嘉崎コラーッ!!」
前列の生徒の腕にひいらぎが『操作呪文』をかけているのを見て、ツナは大声を張り上げた。だがそれも既に遅く、2年A組の先輩方までもが次々に手を挙げ始めていた。
「この勢いならいずれ過半数だろう」
よしっ、と満足げに頷く了平。
「
決定!!! 棒倒し大将は沢田ツナだ!!」
(
この人メチャクチャだー!!)
ガーンとショックを受ける、反対派の生徒たち……と、ツナ本人。
「は!!? うそー!! 何それー
!!!」
「すげーな、ツナ!」
山本がツナに向かってほほ笑んだ。(
全っ然嬉しくねー!)ますます畏縮するツナに、両隣からひいらぎと獄寺が満面の笑みを浮かべて追い討ちをかけてくる。
「頑張れっ」
「さすがっス」
「ビビったっス」
最後のコメントは、並中生のものではなかった。確かに並中の制服を着ているが、その中身がどう見ても——。
「
超不自然!!」
「ちゃおっス」
ツナが全力で突っ込むと、並中の制服を着たリボーンはおなじみの挨拶を返してきた。
「総大将つったらボスだな。勝たねーと殺すぞ」
「な!いいから!隠れてろよ!! みんなの前で~っ」
ツナは慌ててリボーンを机の下に押し込んだ。その拍子にリボーンの脳天からプシューッと空気が抜け、風船のようにすっ飛んで行ってしまった。それを目撃したひいらぎが「あ」と何か思い出したように間抜けな声を上げる。
「この間あげたやつだ!おしゃべり機能搭載の新型魔導式ロボット風船!」
「へぇ。おもしれー!手品道具か」
「
そんなもんリボーンにやらないでくれお願いだから!!」
山本はまた天然で流しているが、ツナからしてみればとんでもない。必死に隠そうとした不審な赤ん坊はシュウシュウ言いながら教室中を飛び回り、ほとんど全員の目に触れる羽目になってしまった。真っ青になってあたふたする姿を指差し、ひいらぎは腹を抱えて笑った。
しかし、ひいらぎのバカ笑いも長くは続かなかった。
「ところで笹川」講義室の前の方の席から、誰かが了平に話しかけた。「女子の騎馬戦の大将決めなくていいのか?」
「ん?……あぁ…」
了平はいかにも「忘れてた」という顔をした。男子の『棒倒し』のことで頭がいっぱいで、女子の『騎馬戦』にまで気が回らなかったらしい。やれやれと花が首を振る傍らで、いたたまれなくなった京子がついに「も~、お兄ちゃんったら…」を声に出した。
「そうだな。ならば女子騎馬戦の大将は——」
了平は考え込むように言葉を切り、講義室に集まった女子生徒たちをぐるりと見渡した。女子生徒は男子生徒よりも幾分か冷めたところがあるようだ。ほとんどの女子がなるべく了平と目が合わないようにそそくさと顔を背けた。油断していたのは、最低学年の1-Aくらいのもので…。
「
よし!! 比嘉崎ひいらぎだ!!」
…了平の標準は、そこに定められた。
「
はぁ!?」
まさかの指名に、ひいらぎは思いっきり野太い声を上げて立ち上がった。ツナは「ざまみろ」と吹き出しかけたが、後が恐いので必死に堪えた。その際、「ブッ」というごまかしようのない音が漏れてしまったが、幸いにもひいらぎは気づいていなかった。ツナの奇行をいちいち気に留めている余裕はなかったようだ。
「ちょ、ちょちょちょっ…待ってよなんで私なの!?」
「京子の友達だからな」
了平は腕組みをし、さもあたりまえのような顔でウンウン頷いた。それ、今まったく関係ない。
「それに仕方なかろう。運動部で名前を知ってる女子なんてお前以外におらんのだ」
「
何それ!!? もっとなんかいるでしょうな!!」
「知らん。おらん」
鬼のような険相のひいらぎを前にして、了平はキッパリとそう言い放った。あまりにもしゃあしゃあとした態度に、さすがのひいらぎも返す言葉を失ってしまった。
いくら自分の出場競技じゃないからとはいえ、あまりにも適当すぎやしないだろうか。そう思ったのは恐らくツナやひいらぎだけではないだろう。上級生の面々も露骨に白目を剥き、「呆れて物も言えない」という顔をしていた。そんなアウェイな空気の中、了平は「オレの選択に間違いはなし!」とふんぞり返っている。
「アンタ……もう、諦めた方がいいかもね…」
「…そうします」
無情な花の通告に、ひいらぎはがっくりと項垂れた。
***
そんなこんなで、体育祭当日。
カラッと晴れ渡った秋空の下、各組の総大将による宣誓のあと、戦いの火蓋は切られた。校庭には、ギラギラ照りつける夏の名残を跳ね返すかのような熱狂的な声援が行き交っている——とはいっても、たかが中学校の体育祭だ。応援合戦とチアリーディング部のパフォーマンスが終わった後は、各クラスの総大将らが火花を散らし合う程度で、ごく平穏に進行していった。
午前中の戦績は上々。綱引きや障害物リレー、借り物競走では、ツナがさんざん足を引っ張ったものの、クラスメイトのフォローもあり、なんとか最下位はまぬがれた。その後男子100m走では山本が陸上部のホープを下し1位、女子では現役陸上部のひいらぎが堂々の1位を記録。一気に他クラスを引き離した。
(すげーな、二人とも。山本も、陸上部のホープに勝っちまうなんて!)
それに比べて、自分ときたら——昨日、獄寺や了平達と棒倒しの練習をしたものの、何か掴むどころか川に転落して風邪を引くという、我ながらなんともダメダメな展開になっていたりして…。
クラスのみんなから拍手喝采を浴びている二人を、ツナは尊敬のまなざしで見つめた。
(オレはカゼで熱がでてるので、こうやって応援しかできないけど…)
——ってなるはずが…。
(
なんでピョンピョンしてんの~!)
ポゴスティックに乗ってトラックを一周している自分が虚しい。
せっかく奇跡としか思えない絶好のタイミングで発熱したツナだったが、ツナの勇姿を楽しみにしている皆を前にするとなかなか「休む」なんて言い出せず、結局ここまで引きずり出される羽目になった。その上、結局京子の笑顔の圧しに負けて、『がんばろーね!』なんて口走ってしまった。もう後には引けない。
それだけならばまだいいが、今日はツナの母親・奈々だけでなく、ビアンキやランボ、緑中の三浦ハルまで一緒に見に来ちゃっているのだ。格好悪いやら情けないやらで、恥ずかしいったらありゃしない…。
「君ビリね」
6位のプラカードの後ろに並ばせられ、ツナはガックリと肩を落として溜息をついた。
——は~あ……いつものことだけどさ…。
「なるほどそーゆーわけスか。さすが10代目」
獄寺が腕組みをしてツナのもとへやって来た。体育祭真っ只中だというのに、しっかりタバコをふかしている。
「へ?」
「棒倒しに体力温存スよね」
「え゛っ(
そんなことしてねー!!!)」
ニカッと笑ってウインクしてくる獄寺に、ツナはショックを受けずにはいられなかった。天然でイヤミか、獄寺君!残念ながらこれが全力を出し切った結果だよ…!
「
バカモノ!!」
突然、了平が獄寺の背後から怒鳴りつけてきた。その勢いで獄寺のタバコがぽろっと吹っ飛んだ。
「
全力でやらんか沢田!! A組の勝利がかかっているんだぞ!!!」
「いや、あの…」
ツナはしどろもどろに弁解しようとした。しかしそれを押しのけるようにして獄寺が食ってかかる。
「
またてめーか!うっせーぞ芝生メット!」
「なに?」
「ちょっ、獄寺君!(京子ちゃんのお兄さんに何てことを!!)」
ツナは慌てて止めに入ろうとしたが、もう手遅れだった。獄寺と了平は大きく踏み込んで、互いの顔面に激烈溢れる一発をぶち込んだ。
「
んなー!!!」
ツナは絶叫した。ものすごい音がした。それなのに了平は「効かねーなー」と嘲り、獄寺は「蚊が止まったかー?」と同じくしながら血を吐いた。だが、どちらも足ががくがくしている。見るからに単なるやせ我慢だ。た、体育祭の最中なのに——ツナは頭を抱え、心の中で「やめてくれー!!!」と痛烈な悲鳴を上げた。
「ヒョホホホ!」
「!?」
ズゥウンとツナの背後で地響きが鳴り、大きな黒い影が差した。
「仲間われか~い?ヒョホホ!棒倒しはチームワークがモノをいうんだよ~。こりゃA組恐るるに足らないね~!」
ツナの何倍ほどもある巨大な身体、柄の悪そうな顔に、小さくて鋭く尖った笹の葉のような目…「あ」ツナは息を呑んだ。この人…!——ところが、ツナが彼の名を言い当てるより先に、了平と獄寺がブチ切れた。
「余計なお世話だ!!」
「なんだテメーは?」
「「
すっこんでろ!!」」
了平のパンチと獄寺の蹴りが炸裂し、大男はもんどりうって倒れこんだ。
「おい、あそこ!!」
「ああ!」
C組の方からざわめきが起こった。ツナはサーッと青ざめた。
「やっ、やばいよ~っ」
「「?」」
二人が目をしばたいた。
「この人、C組総大将の高田センパイだよ!」
ツナは頭を抱えた。しかし了平も獄寺もまったく悪びれる気配がない。
「誰だろーがなぐる!」
「よえー奴」
気絶してしまった高田先輩を一瞥し、冷たい捨て台詞を吐く二人。するとさっそく、ツナの恐れていたとおり、騒ぎを聞きつけたC組の連中がブーブー野次を飛ばし始めた。
「
オレ達の総大将に何てことしやがる!」
「
コラー!」
そんなC組に対し、了平と獄寺は、
「
文句があるやつぁかかってこんかぁー!A組笹川が相手だ!」
「ケンカならいくらでも買ってやるぜ」
——あおらないでー!!!
「大変だー!!」
「!?」
校舎の中から、C組のゼッケンを着たジャガイモ頭の男子生徒が飛び出してきた。その顔色は蒼白で、相当慌てて来たのか、息は荒く弾んでいる。
「B組の総大将の押切センパイが、トイレで何者かに襲われた!!!」
その言葉に、ずっと傍観組に回っていたB組の生徒たちが絶叫した。
「
なんだって!!?」
「目撃者によるとA組のやつにやられたらしい」
「
またA組かよ!」
C組の生徒たちが顔を見合わせる。ジャガイモ頭の生徒は突然地面にしゃがみ、小さい何かを指差した。
「この人が目撃者だ——そーなんですよね?」
「ああ」
『小さい何か』が深々と頷いた。そのベビーフェイスには全く似合わない白いヒゲが伸びており、杖をつき、まるで水戸黄門のようないでたちをしている。周囲の生徒は「誰だ?」と口々にささやき合っているが、ツナは一人その正体にギョッとした。あの程度のコスプレで見破れないわけがなかった。
「リボーン!?」
「B組総大将を襲った奴は、A組総大将の沢田ツナの命令で襲ったって言ってたぞ」
「
な!何言ってんのー!!?」
ツナは慌てた。全く身に覚えがない。リボーンの嘘っぱちだ。瞬く間に広がっていく遺憾の声の中、了平と獄寺はなぜか満足げな笑みを浮かべてツナに頷いてきた。
「思ったより勝利に貪欲だな。見直したぞ、沢田!!」
「ナイス戦略!」
「
ちがうって!!」
——襲ったのは絶対リボーンだー!!!
「卑怯だぞA組ー!」
「なんてキタナイ総大将だ!!」
C組に続いて、B組からも憤怒の叫びが沸いた。しかもその矛先は紛れもなくツナに向けられている。ツナは助けを求めようと二人を振り返ったが、二人ともツナを庇うどころか、けたたましい怒声を誇らしげに浴びている。了平にいたっては、掌にパンと拳を叩き付けながら、
「
どうだ見たか!! これがウチのやり方だ!!」
「認めないでください!!!」
***
「……ったく…何やってんだか」
ギャーギャー騒ぎ立てている男子を遠巻きに眺めながら、ひいらぎは「はぁ」と息を漏らした。ちょうど午後のクラス対抗リレーの予選をぶっちぎりの成績で勝ち抜いてきたところだ。京子からペットボトルを受け取って、渇いた喉にスポーツドリンクをぐいっと流し込む。汗をかいた後は、この爽快なヒンヤリ感が心地よい。
「
うちの総大将をやったのも沢田って奴の命令だったんだな!」
「
卑怯者!」
「
A組総大将は退場しろー!!」
——あぁ、今日は体育祭にふさわしい、絶好のスポーツ日和だ…。
「お兄ちゃん達、いったい何やってるんだろうね?」
「さー。見ないようにしてるから」
不思議そうに兄を見つめる京子の隣で、ひいらぎは一人、真逆の空に硬い笑顔を向けていた。
「そういえば、この次って騎馬戦だよね」
「はっ。騎馬戦…」
そうだ。すっかり忘れてた。私、騎馬戦の大将なんだった…。ひいらぎの硬い笑顔がみるみるうちに萎れていった。胃袋の底から何かどんよりしたものがこみ上げてくるのを感じる。
ツナや獄寺のことを心配している場合ではなかった。ひいらぎにとってのクライマックスは男子の棒倒しよりも先にやってくるのだ。B組もC組も大将は3年生が務めている。C組の大将は柔道部の部長だし、B組の大将に至っては、チアリーディング部の部長でもあり、空手部の主将でもあり、極めつけはB組の女番長とも言われている先輩だ。まともにぶつかって勝てそうな気配がしない。
「は~あ…」
口を開けば溜め息が溢れる。今すぐツナの襟首をひっつかんで学校から逃走してしまいたい。
「ひいちゃん」
「はい?」
ぐったりと項垂れていると、京子が正面に回り込んできた。かわいらしい顔を精一杯に引き締めて、ぎゅっと握り拳を作って意気込みを見せる。
「がんばろうね!」
なんだか、ちょっぴり胃袋がほっこりしてきた。
「……うん、がんばろ…」
「絶対優勝しようね!」
「うん……優勝しよう…」
「うん!」
キラキラした笑顔の京子があったかい。ひいらぎは最後に残った一口分の飲料水を一気に飲み干した。