「色々、お世話になりました……それと、変な事に巻き込んでしまってすみませんでした…」

 深々と頭を下げる千鶴を前に、万事屋の反応はまちまちだった。

「そっ、そんな、千鶴さん頭を上げてください!結局みんな無事で済んだんですから、それでよしってことにしましょうよ」
 わたわたと慌てふためく新八。

「追加オプションの報酬は酢昆布で手を打ってやるネ」
 得意げにニタつきながら、ちゃっかり好物をたかる神楽。

「ったくよー。どーしてくれんだよ、銀さんの一張羅がコレギッタギタじゃねェか…」
 文句を言う割に、どうでもよさげな顔をして鼻をほじる銀時。

 だが、3人とも、つまるところ、

「——ま、気の乗らねェ縁談も立消えになって、昔の友達にも会えたし、結果オーライなんじゃね」
「ですね!」
「ハッピーエンドネ」

 千鶴は顔を上げた。彼女の一歩後ろへ下がったところには、腰の刀に肘をかけ、つまらなさそうに空を見上げる景時の姿があった。

「…そうですね!」

 髪を揺らして、千鶴が笑う。
 その笑顔に、万事屋の3人は目をぱちくりさせた。みんな口を噤んでしまったから、奇妙な沈黙が下りる。

「………」
「…あ、あの?」

 どうかしたのかと千鶴はおずおずと顔を覗き込んだ。そんな千鶴の頭に、ぽん、と銀時の掌が置かれる。ちょっと乱暴な力加減だった。千鶴が【わっ】と身を竦めながら、デジャヴのようなものを感じていた。銀時が芦田に撃たれる直前に見せた、あの強張った目。不安になってもう一度銀時の顔色を窺ってみると、それとは違う、やさしい色を帯びて、千鶴の目をまっすぐと見つめていた。

「アンタ、ちゃんと笑えんじゃねェの」
「え…」

 千鶴はポカンとした。

 そういえば、【ここ】に来て初めてだったかもしれない。こんな風に、自然と笑顔が湧き上がってきたのは。

「千鶴ゥ!もっかい笑ってヨ!」

 呆けたままの千鶴に、神楽が勢いよく飛びついてきた。

「えっ、えっ…?」
「ちょっと、神楽ちゃん。千鶴さんが困るでしょ!——すいません、千鶴さん…」

 新八はペコペコと頭を下げながら、神楽を引き離すついでにさり気なく千鶴の肩に手を置いた。

「ダメガネの分際で何ちゃっかり千鶴に触ってるアルか」
「大した活躍もなかったクセにはしゃいでんじゃねーよ童貞」
「ふゴォ」

 神楽と銀時の強烈な肘鉄が両側からクリティカルヒットし、新八の顔が歪んだ。

 しばしあっけにとられていた千鶴だったが、賑賑とした万事屋のやりとりを一方的に見せつけられているうちに、やがて、なんだかわからないがおかしくなってきた。

「……ふふっ」

 耐えきれなくなって、思わず笑ってしまう。万事屋の3人は、本日一番の笑顔に気づくことなく、いまだに不毛な言い争いを繰り広げている。

「別に肩に手ェ置いただけでしょォ!なんでそんな責められなきゃいけないの!」
「下心が見え見えだったからに決まってんダロ」
「言いがかりだって!」
「鼻の穴膨らましといてよく言うぜ」
「それは銀さんでしょ!何あんな意味深な笑み浮かべて千鶴さんの頭撫でてんスか!」
「そうヨ!忘れるとこだったアル!何ヨ、あのフラグ立てる気満々の狙った顔は!」
「あーうっせーうっせー!大人の会話だよ、ガキにゃまだ分かんねェっつーの」
「なーにが【大人】アルか!お前みたいにいつまで経っても少年ジャンプを卒業できない、無駄に年食っただけのオッさんが、千鶴と同じ土俵に立てると思うなヨ!」
「誰がオッさんだコラァ!俺はまだピッチピチの20代ですうー!」
「本当に若い人は【ピッチピチ】なんて腐り果てた死語使いませんー!」

 土を踏みしめる音がして、千鶴は笑いを緩めた。見上げると、隣に並び出た景時が、穏やかな笑みを千鶴へ向けていた。

「…宝生さん」
「………」
「こんなに笑ったの、私、久しぶりです」

 過去を懐かしむように語りながら、千鶴はとうとう取っ組み合いを始めた万事屋をじっと眺めた。

「覚えていますか?宝生さん」

 風が吹き渡る。千鶴はゆっくりと目を閉ざした。

「私たちの生きた、あの時代を」


 私は、よく覚えています。まるで昨日の事のように思い出せるほどに——。