Days Gone Bye

目覚めの朝

 ウォーカーがバランスを崩してのけ反った瞬間に、容赦なく脳天を叩き斬った。これでワンダウン。すぐさまもう一体に意識を向けたが、見たところそっちは襲って来そうもなかった。腹から下がちぎれ、体が上半分しかない。はみ出した腸を引きずって僅かに動いているだけだ。

「こっち」

 り以子は刀を鞘に収めると、急いで男性の腕を掴み、引きずるようにしてその場を離れた。大きな音を立てたから、他のウォーカーが寄ってくる可能性があった。

「き、君は……?」

 腕を引かれながら、男性が何か訊ねたような気がしたが、り以子は構わず「こっち、こっち」と繰り返してずんずん先に進んだ。

「その剣は?さっき人を斬っただろう?」
「こっち」
「一体何が起きている?あの死体は何だ?戦車は?病院で何があった?」
「こっち、こっち」

「──おい、待ってくれ!」
「しーっ!」

 慌てた様子の男性がドッキリするような大声を上げるので、り以子は鋭い音を出してたしなめた。声をウォーカーに聞き付けられたら大変だ。さっさとここを離れた方がいい。しかし、男性は言うことを聞かずに立ち止まって、逆にり以子を引っ張り寄せた。

「放せ!」

 180センチ近くある体格の大人の男に力で勝てるわけもなく、り以子は無様にバランスを崩して男性の胸に飛び込んでしまった。一瞬ドキッとして、左手が無意識に鞘を掴んだ。

「この家に用がある」

 男性はとっくにり以子から興味を失っていた。澄んだ綺麗な青い瞳が、一軒の家に釘付けになっている。吸い込まれるようにして白い家の中へ入っていった。

「ローリ……ローリ!」

 ここが彼の家なのだろうか。女性の名前を連呼しているが、もちろん返答なんてない。ふらふらと危険な足取りで消えていく男性を、り以子は気の毒に思って見送った。

「ローリ!カール!」

 開け放たれたドアの奥から慟哭が聞こえる。り以子よりうんと大人の男性でも、あんな声を上げて泣くものなのか。胸が張り裂けそうだった。り以子は付近に何の気配もないことを目視で確認してから、そっと家の中へ足を踏み入れた。

 整然としたおしゃれな家だった。誰しも一度はこんな家に住んでみたいと思うだろうな、と場違いにも少し羨みながら、指先で壁を伝ってそっと進む。

 男性はリビングの暖炉の前に崩れ落ちていた。少し砂っぽくなった床に触れながら、すすり泣いている。

「これは現実か?」

 背後に立つり以子に気づいているのかいないのか、男性が力なく訊ねた。

「夢だろう?」

 頭を叩き、「目を覚ませ」と何度も言い聞かせている。り以子は少しそうっとしておこうと思い、足音を忍ばせてリビングを後にした。

 綺麗に片付いたままのリビングに対して、キッチンは少し荒れていた。戸棚や引き出しが開きっぱなしで、ほとんどの食品が持ち出された後だった。この家の人が避難するのに持ち出したのか、もっと後に誰かが盗みに入ったのか、り以子には判断がつかなかった。

 何か少しでも残っていないかと戸棚を漁っていると、家の外で銃声が鳴り響いた。

「えっ……」

 り以子はしゃがむ時に外した打刀を大急ぎで拾い、キッチンの勝手口を外へ飛び出した。まさか、他にも人がいたなんて──すぐにこの町を出なくては。今の銃声でウォーカーが集まって来る。

「──あっ!あの人!」

 道を走り出したと同時に、重大なことを思い出して急ブレーキをかけた。一人に慣れていたせいで、すっかり忘れてしまっていた。あんなに無防備な姿でウォーカーに出くわしたら、次こそ食い殺されてしまうに違いない。

 しかし、り以子がさっきの家に駆け戻ると、既に誰もいなくなっていた。玄関の外に黒い服を着た男のウォーカーが一体死んでいる。さっきの発砲音はこれを撃ち殺した時のものだろう。だが、銃の持ち主は見当たらない。銃を使ったから、すぐに退散したのだろう。ならばいい。それよりも、さっきの男性は?あんなにフラフラしていたのだから、この短い時間でどこかに逃げてしまったなんてことはないはずだ。ひょっとして、連れて行かれてしまった……?

 男性のことは気がかりだったが、り以子もすぐに逃げないと命が危ない。後ろ髪を引かれる思いで刀を握り、白い家を立ち去った。