Guts

生き残るための方法

「おい、生きてるか?」

 謎の声が不安げに問いかけてくる。リックは慌てて立ち上がり、頭をどこかにぶつけながら、必死に無線にかじりついた。

「ハロー、ハロー」
「まったく、心配したぜ」

 声の主が心底ホッとしたように言った。会話が成立している。近くに生きた人間がいるんだ!──二人ははやる気持ちを抑え、冷静を努めた。

「外にいるのか?俺が今見えるか?」
「ああ、見える。『ウォーカー』に囲まれてる」
「対処法は?」
「ないね」

 リックの問いかけに、声の主は短く答えた。口早に話す二人が何を言っているのかり以子には全く聞き取れなかったが、状況が最悪だということくらいは分かる。

 リックは不安げに自分を見つめるり以子を見て、再び無線に向かった。

「聞いてくれ。誰だか知らんが、あんたに助けて欲しいんだ。こっちには少女がいる。彼女を死なせるわけにはいかない」
「まったく……現状を目にしたら気が変になるぜ」
「アドバイスは?」
「そうだな。さっさと逃げろ」

 一瞬静かになった。リックは言葉の続きを待っているようだった。

「……それだけか?」
「外の様子を教えてやるよ。戦車の上に一人。他の奴らは馬をむさぼってる。分かった?」
「ああ」
「オーケー。戦車の後ろは空いてる。逃げるなら今だ──武器はあるか?」
「外に落とした。取りに出るべきか?」
「やめろ。そこに何かないか?」
「探す」

 リックは無線を放り、戦車の中をまさぐり出した。ぽかんとしているり以子に向かって、「武器!武器!」と言ってくる。武器になるものを探せということか──り以子は小刻みに頷いて、戦車を見渡した。すると、兵士の死体の側にこんもりとした小さな黒い塊を見つけた。

「リックさん。リックさん!」

 り以子に呼ばれて振り返ったリックは、手榴弾を見て考え込むように静止した。そりゃあそうかとり以子は思った。武器と言われて咄嗟に掴んだけれど、これが役立つ展開にはなりそうもない。

 リックは仕方なさそうに手榴弾を受け取るとポケットにしまい、無線に戻った。

「拳銃が一丁、銃弾が十五発ある」
「……戦車の右側に降りてまっすぐ走れ。50ヤード先の路地で待ってる」

 リックは聞き取れたかと確認するようにり以子を振り返った。全部は分からないものの、『走れ』とか『50ヤード』とか聞こえた気がする。50ヤードが何メートルか知らないが、り以子はとりあえず頷いた。

「なあ。あんたの名前は?」リックが聞いた。
「時間がないんだ。急げ!」

 急かされるようにしてリックが動き出す。銃と、備え付けのスコップを手にすると、振り返ってり以子に目線を合わせてきた。

「り以子。俺の後ろにいろ、一緒に走れ、離れるな。絶対にだ」
「は、はい!」
「それから──叫ぶな」

 ぐっと顔を近づけて釘を刺され、り以子はぶんぶん首を縦に振った。善処しよう。

 意を決したリックが天井の扉を開けて外へ出る。早速ウォーカーと目が合ったらしく、スコップで殴り飛ばしたのが見えた。それから急いで戦車から這い出し、り以子の手を掴んでやや強引に引き上げると、戦車の右側に飛び降りた。受身を取って迅速に立ち上がって、り以子に向かって手を広げて見せた。

「飛べ!」

 怯んでいる暇もなかった。り以子がリックに向かって飛び込むと、想像以上にしっかりと抱きとめられた。リックはすぐにり以子を手放し、向かってくるウォーカーを次々に撃ちながら走り出した。

 り以子も打刀の鞘を払い、後ろから迫ってくるウォーカーを斬りつけ、銃で道を作るリックのすぐ後ろについて走った。しばらく走ると、脇道から誰かが飛び出してきた。リックが反射的に銃を向けると、アジア系の青年が悲鳴のような声で「撃つな!」と叫んだ。無線から聞こえたのと同じ声だ。

「こっちに来い!」

 リックが後ろ手にり以子の腕を掴み、青年の誘導で脇道に飛び込んだ。

「この裏だ!」

 呻き声がぞろぞろと追いかけてくる。リックはり以子を抱き寄せて走りながら、前に後ろに撃ち続けた。青年が軽やかな身のこなしで非常用梯子を登り、ついてくるようリックたちを急かした。リックがり以子に向かって「登れ!」と叫ぶ。り以子は慌てて刀をしまい、梯子に飛びついた。

 途中の足場に上がった青年が「早く上がれ」とり以子の手を取って引っぱり上げた。り以子が柵にしがみつく。すぐにリックも追いついて、青年の手を借りながら足場に乗った。三人で喘ぎながら地上を見下ろす。大量のウォーカーが餌を求めて梯子に群がっている。

「見事な銃さばきだな」青年が皮肉った。
「奴らを倒しに来た保安官か?」
「そのつもりじゃなかった」
「何にしろ頭は良くないみたいだな──そっちの君も。いい声してるよ」

 青年がり以子を顎でしゃくり、嫌悪感の混じった目を向けたので、り以子は肩を縮めた。

「俺が危険に晒して怖がらせた。無理もなかった」

 リックが庇うように言い添えると、青年はばつが悪そうに目を逸らした。

「リックだ。どうも」
「グレンだ。よろしく」

 二人が握手を交わした。そして、四つの目がり以子に向けられた。り以子はハッとして姿勢を正し、

「私の名前はリイコ・カズモリです!」

 と、馬鹿丸出しの自己紹介をした。

「……彼女はあまり英語が堪能じゃない」
「発音は悪くない」

 グレンが慰めるように言った。

 リックがベルトに挟んでいた拳銃をグレンのリュックに突っ込んでいると、何気なく下を見下ろしたグレンが「マズい」と呻いた。ウォーカーが一体、群れに押し上げられるようにして梯子に手をかけ、今まさに登って来ようとしていたのだ。このままここに留まっていたら追いつかれてしまう。しかし、梯子を登るとなると、この先遠い屋上に辿り着くまで足場がない。それに、登りきったところで下りられるか分からない。

「登って転落死した方がマシだ」
 言いながら、グレンは梯子に手をかけた。
「俺は楽天家でね」
「り以子、上まで登れるか?」

 リックが気遣うように訊いてきたが、無理と答えたところで食い殺されるだけだ。り以子は曖昧に笑い、グレンに続いて梯子を登り始めた。

「君がバリケードを?」
「奴らが押し寄せた時に誰かが建てたようだ」

 屋上へ登りきると、隣のビルとの間に足場が渡してあった。グレンの先導で三人縦一列になって慎重に渡り、り以子は男性二人の手を借りながら囲壁を越えた。そこからは駆け足だ。

「なぜ俺たちを助けた?」
「期待したんだよ。同じように助けてもらえるかもって」

 ハッチの上げ蓋を開け、グレンがリュックを中に落とした。

「あんたよりバカなのさ」

 そう言い残し、グレンが暗闇に下りていく。り以子とリックは顔を見合わせて頷き合った。り以子が先に下り、最後にリックが上げ蓋を閉めた。

 部屋を突っ切って非常口から外階段に出る。先頭のグレンがトランシーバーで誰かに話しかけているのが聞こえた。

「新入りが二人、奴らが四人侵入した」

 急いで階段を下りきった三人は、前方から聞こえた唸り声に足を止めた。大通りから逸れて迷い込んだウォーカーが三人に気づき、手足をブラブラさせながら向かって来ようとしていた。身構える男性二人の間で、り以子はちきりと鯉口を切った……。

 その時、向かいのドアがバンと開いて、バットを持って武装した人間が二人飛び出して来た。二人は反応の遅いウォーカーを後ろから殴り倒し、腐って劣化した頭部に向かって何度も何度もバットを振り下ろした。

「急げ!」

 グレンが叫んで走り出した。リックがり以子の手を掴んで後に続いた。