Judge, Jury, Executioner

生かすか殺すか

 狩りに使えそうな矢を選別しているところだったダリルは、向こうから草原を突っ切ってやって来るチューリップ帽を見て、うんざりと溜め息をついた。

「あんたらから離れたくてここまで来たのに」
「残念だな」

 軽口で返すデールの背後に世話焼きの顔がチラついた。

「キャロルがあんたを?」
「君を心配してるのはキャロルだけじゃない。君はこのグループの新しい役割を担ってる」
「ああ、ったく、余計なお世話だね。グループは崩壊した。一人の方がいい」
「気にしないふりをするんだな」
「そうだな。なんせ気にならないから」

 まともに取り合うのも時間の無駄と思い、ダリルは事もなげに言ってのけ、レザーベストと重ねた上着を翻して羽織った。

「で、ランダルの生死にも無関心か?」
「全然」
「どっちでもいいなら、俺たちに加勢してくれ。子供の命を救うんだ」
「クズの世話を焼くな」

 ダリルは冷たくあしらった。あんな男の命なんて、ダリルにとっては思量の価値もない、くだらないことでしかなかった。

「もしもという可能性だけで人を殺めるなんて、こんなことを許したら、俺たちは二度と戻れなくなるぞ。り以子だって、心底君を──」
「──『り以子』?」

 デールの口から飛び出した名前に、ダリルは鋭く反応していた。

「まさか、あんたに加勢してる間抜けはそいつか?」
「彼女は間抜けじゃない。命の重みを理解してる」

 ダリルは呆れ返って大息を吐いた。女子高生の間が抜けているか抜けていないかはどうでもよかったが、デールに懐柔されたのが彼女だったということに、酷くがっかりした。

「……十五の子供に責任を負わせるようなことをさせるな」
「責任を負う覚悟なら充分にあるさ!」
「あんたは分かってない」
「そこまで彼女を心配するなら、君が後ろ盾をしてくれ。君の意見なら打開できる」
「あのな、俺の意見なんて誰も聞かない」

 デールは根本的なところを理解出来ていないと思った。ダリルは話にならないと見限って、クロスボウを背負いながら歩き出した。

「キャロルは?り以子は?俺だって聞いてる、今まさに」

 デールがしつこく食い下がり、ダリルはイライラと足を止めた。さっさとこの場を離れたいのに……。

「君にはリックも耳を貸す──」
「リックの頼りはシェーンだけだ」ダリルは素早く言った。「奴に任せろ」
「ソフィアのことを気にかけてたろ。グループのことも。孤立しがちなり以子をずっと助けてきた。そんな君が、拷問?君らしくもない!君はまっとうな男だ!リックもそうさ!」

 自分のような男をつかまえて、保安官と並べて「まっとうだ」なんて言うのはこの男くらいだろうとダリルは思った。

「だが──シェーンは違う」
「そりゃ何でだ。オーティスを殺したからか?」

 挑むように放ったダリルの言葉で、デールは一瞬動きを止めた。

「……聞いたのか?」

 デールが慎重な面持ちで距離を詰めた。

「あいつは、オーティスが自分を援護して救ったって話をした。死んだ奴の銃を持ってな。リックも馬鹿じゃない。あいつも本心では気づいてるさ、そう思いたくないだけで」

 愕然とした表情のデールに向かって、ダリルは冷ややかに吐き捨てた。

「だから言ってんだ、グループは崩壊した」

 元より、結束力のある集団だったわけじゃない。行く手を塞がれ、途方に暮れていた人々が自然と寄り集まり、いつしか一つのグループになっていただけに過ぎないのだ。そこにあるのは最低限の仲間意識だけで、勝手に崩れていってしまうなら、必死につなぎ留めようとも思わない。ただ一つだけ心残りがあるとすれば、無知で無力な、哀れな少女のことだった。

***

 タイムリミットの夕日が傾き、鉛色の曇り空に赤みを差した。人々は浮かない顔をしてグリーン家に集まり始めている。案の定、り以子はグライムズ夫妻から、彼らの息子と一緒にジミーと別室で待機しているよう言いつけられた。

「でも……僕も聞きたい」
「私も」

 カールと一緒になってり以子がごねると、ローリは厳しい声を出した。

「今回はダメよ、ほら……」

 リビングには大人たちが全員集結していた。グリーン家の人々や、グレン、キャロルもいて、皆の輪から少し外れたところには、ダリルがキャビネットに肘で寄りかかっていた。り以子はその後ろにカールと二人で立って、ちゃっかり紛れ込もうとしたが、バレないわけにいかなかった。大人たちが一斉に二人を見た。リックとローリは特に息子に厳格な視線を送り、夫妻の顔色を順に窺ったダリルが、彼らと似たような意味合いの目つきをすると、カールはいよいよ根負けして別室に向かった。

 り以子は粘った。「お前もさっさとあっちに行けよ」というような視線をダリルから感じたけれど、腕組みをしてそこに立ち続けた。

 皆が互いの発言を待っていた。沈黙が重くて、顔を上げることすら難しい。やがて、グレンが代表して重い口を開いた。

「……で、どうやって決める?投票か?」
「全員一致?」アンドレアが言った。
「多数決じゃない?」と、ローリ。
「そうだな、こうしよう」リックだ。「皆の意見を聞き、それから選択肢について話し合うんだ」

「まあ、俺の意見としては──方法は一つしかない」

 口火を切ったのはシェーンだった。シェーンの言う『方法』がどんなものかは、彼自身からはっきりと聞かなくても自ずと察しがついた。

「殺す。だろ?」

 デールが食い気味に言った。

「決を採るまでもない。どっちに風が吹いているかは明らかだ」
「いや、もし奴を見逃すべきだと思っている人がいるなら、知っておきたい」

 リックの誠実な言葉に、デールは屈辱的に俯いた。

「いるとしたら──俺とり以子と、グレンくらいだ」

 ところが、名前を出されたグレンは青白い顔を見せ、デールは「そんな」という衝撃で言葉を失ってしまった。

「待ってくれ。あなたは何においても常に正しい。だけど、今回ばかりは──」
「恐れてるだけだ!」
「あいつは仲間じゃない。それに……これ以上犠牲はご免だ」

 デールは信じていた後ろ盾を失って、たちまち心細くなったようだった。グルッとリビングを見回し、ソファーの横に突っ立っているマギーに目をつけた。

「君はどうなんだ?彼に賛成か?」

 マギーは苦い顔をした。覚えていないとはいえ、同級生を無情に処刑することには、流石に抵抗があったに違いない。

「監禁状態を続けるわけにはいかないの?」
「食いぶちが増える」

 ダリルが腕組みをしてぼやいた。加えて、ハーシェルは収穫の厳しい冬になる恐れがあることを懸念していた。ローリが上手くやりくりして食料制限することも出来なくはないが、皆の気乗りしない様子が手に取るように分かった。

「彼は役に立つかも!誠意を示すチャンスをやろう!」

 デールが必死に力説しても、グレンとリックは難色を示した。ランダルに仕事を任せるのも、敷地内を自由にうろつかせるのも、彼らには賛成しがたいことだった。

「付き添えばいいじゃない」
「そんな危険な仕事、誰が進んでやりたがる?」

 マギーの提案をシェーンは一蹴したけれど、デールは率先して「俺が」と名乗り出た。続けてり以子も手を挙げると、ダリルが横目にちらっとり以子を見て鼻を鳴らし、「論外だ」と言い放った。

「どうしてダメ?」
「飢えた獣に餌をやるようなもんだ」
「何がですか?」
「君たちに限った話じゃない。誰もあいつと一緒に行動なんてしちゃいけない」

 リックがきっぱりと言った。ローリも夫に賛同していた。「縛ってないと安心できないわ」

「足かせを嵌めてたら、重労働は無理よ」

 アンドレアが首を振った。誰かがああ言えば、別の誰かがこう言う。話し合いは一向に進展を見せなかった。

「いいか──」シェーンが口を挟んだ。「例えば仲間に加えたとしよう、な?役に立つ奴かもしれない、いい奴かもしれない。それで俺たちが油断した隙に逃げられたら、三十人が襲ってくる」
「それじゃ、犯さないかもしれない罪のために彼を殺すっていうのが答えか?」

 デールが語調を荒げた。

「そんなことしたら、俺たちにはもう何の希望もない!法は終わりだ。文明もな!」

 シェーンは、まるでデールが突然海の底の白鳥について語り始めたかのように、「何言ってんだ」と呆れ顔で首を振った。しかし、彼の隣のアンドレアは、強く引きつけられたように、無言でデールを見つめていた。

「……やはり彼を遠くへ連れて行っては?」

 ハーシェルの提案に、今度はローリが渋い顔をした。

「今度は戻れないかも。ウォーカーがいるのよ。失敗するかもしれないし、迷う可能性だってある」
「待ち伏せもな」ダリルが付け足した。
「二人の言う通りだ」グレンが静かに言った。「俺たち自身を危険に曝すようなことは避けないと」
「もしやるとしたら、どうやるの?あの人、苦しむ?」

 パトリシアが恐る恐る訊ねた。シェーンは「首を吊ろう」と即答した。「それなら一瞬だ」

「俺も考えたんだが……」リックが言いづらそうに打ち明けた。「銃の方が人道的だ」
「それで、遺体はどうするんだ?埋めるのか──」

 議題が物々しくなってくると、Tドッグを遮り、デールが慌てて叫んだ。

「ちょ、ちょっと待て!まだ決まったわけじゃない!」
「一日中話したろ。堂々巡りだ。また巡り直すか?」
「若者の命だ!」

 デールはダリルの投げやりな態度に痺れを切らし、語気を強めた。ダリルはばつが悪そうに目を伏せた。

「五分の立ち話で決めることじゃない!他に方法がないからって人を殺してしまうのか!? 君は──」デールはリックに向かって言った。「──彼を助けたんだろう!なのに、これか。拷問し、処刑する。これじゃ彼の仲間と変わらない!」

 リックがグッと言葉に詰まった。処刑に傾いていた人々も、どうしたらいいか分からずにいた人々も、皆が揺らぎ始めていたのが分かった。